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竜と私は黄昏の中  作者: 一条真
第一部「飛竜と銀」
1/2

プロローグ

アリアンローズ応募作品ですね。良かったら感想か何かください。

お待ちしております。




重いダンボール箱を倉庫に運び、私は一息ついた。ダンボールをおろした瞬間、大量の煙が舞い、咽る。


女の子にこんな重い物運ばせるってどんな神経してるのよ。


心の中で愚痴を吐きつつ、倉庫から出る。同時に眩しい陽光が差し込んできた。手をかざして、光を遮断する。

もう……夏だ。暑い。汗で服が濡れている。

私がこうしているときにもあの男は部屋で独り、クーラーに涼んでアイス片手にパソコンやってるんでしょうね。

そう思うと腹が立ってきた。というか、この『世界』に来てからまだ重い物を運ぶ雑用しかしていない気がする。


私は倉庫の後ろにある四階建ての珍しい建物を睨みつけた。


万屋黄昏よろずや たそがれ


建物の四階にはそう看板に書いてある。まったくもって忌々しい名前だ。この万屋は。

この建物は見ての通り万屋。お金さえ渡せばなんでもやってくれる万能屋。私、一条雪乃はこの万屋に勤めている店主が最低すぎる。

自らを『Lエル』と名乗り、自分の素性を一切明かさない変人だ。

歳は見た感じでは二十代前半。黒い髪でいつも寝癖だらけ……まぁそれなりにはかっこいい顔立ちはしている。引き締められた顔立ちに深海の底よりもなお黒い瞳。寝癖もよく見るとあいつの顔をさらに輝かせるものだ。料理も運動もできるし頭も良い。

ただし、性格でそれらを台無しにしている。

外道。腹黒い。人使いが荒い(私に対して)。優しくない(私に対して)。なんか火薬と鉄が混ざったような臭いがする。五月蝿い(私に対して)。


何故私がそんな男の元で働いているか?私が知るかよって感じです。


私はただの高校生だった。彼氏に恵まれない高校生活をエンジョイしているという時に落ちた。落ちたって試験とか仕事の話じゃない。学校の帰りに上を向いて歩いていたら穴に落ちた。マンホールとか工事の穴じゃない。真っ白な穴だ。

そこに落ちた私はいつの間にかこの『世界』に来ていた。

気が付くと私は何処かの街にいた。中世ローマみたいな石造りの建物が並ぶ街の中で私は混乱した。行き交う人々は珍しそうな目で私を見ていた。

私はとりあえずここが何処か尋ねた。が、人々は意味不明な言語を話した。まったく理解で出来ない私はその街で馬車に轢かれた。いや、あれは馬車じゃない。一瞬見えたのは鋭い爪だ。

気が付いたら身体を切り裂かれていた。轢かれたという表現はおかしいと思うがそれ以外の表現が私には思いつかなかった。

身体から血が石の地面に流れていくその最中、誰も私に見向きもしなかった。

これが人間の本質なんだろう。関係ない。知らない。見てない。

関係ない人間のために無駄な時間を使うのが勿体ないのだろう。

急速に体温が奪われていく中、私を助けたのがその『L』だった。

彼は私を適当な病院に運び、自らの腕で私の瀕死の傷を治したのだ。信じられなかった。

あの人の本質が現れた街の中で私を助けてくれた人がいることにだ。病院のベッドの上で目覚めた私が最初に理解できた言葉が


「治療費3000万な。」


意味不明であった。混乱する私を尻目にLは面倒そうに説明した。


「テメェの治療費だっての。心臓に肺、何十箇所の血管を重傷に包帯代と病院の藪医者黙らせるために使った金にベッド代と今朝零したコーヒー代にテメェの手術に使った俺の時間。税込み3000万。払え。」


なんとなく理解は出来た。しかし、高校生の私に3000万も大金が払えると?と言ってやったら


「じゃあ、心臓なり髪なり肺なり腎臓なり売って稼げ。死人確定だが。あと俺に売るな。人間の臓器を集める趣味なんかねぇ。」


なんとも最低な返答だ。私はそんな大金払えないと言った。すると今度は


「じゃあ身体でも売れば?」


手元にあった枕を投げつけてやった。欠伸をしながら回避された。

その後罵詈雑言を吐いてやった。最低、変態、死ね。ありとあらゆる言葉で罵ると私の肩を熱い何かが掠めた。同時に火薬の臭いがした。Lは私の目にも止まらぬ速さで懐の銃を引き抜き、私に向けて発砲したのだ。息が止まった。


「調子に乗るんじゃねぇよ。俺はテメェを助けてやったんだぜ?恩人に対してなんてこと言いやがる。金がねぇなら稼げ。最もエヴィン語も理解できないようじゃこの街では働けねぇな。」


じゃあ、どうしろと。


「…………仕方ないか……よし、じゃあ俺の事務所に来い。俺のところで働いて3000万返せ。逃げるってんなら殺す。または知り合いの拷問好きに売る。決定だ。」


え、私の意志は?


「あ?言っとくがテメェは明らかに日本人だろ?しかも見る限り手ぶら。つまりパスポートも身分証明もない。この国は日本との貿易はしてるが、観光は許可してない。お前がここにいても捕まるぜ?しかも身分証明がねぇから人権法も適応されない。=奴隷扱いだぜ。よく考えな。ここは日本みたいな安全な国じゃない。奴隷身分の女が独り町をうろついてりゃ何が起こるかわかんだろ。俺のところで雑用やってた方が身のためだ。」


え、日本人?貴方も日本人?


「違う。俺は純粋のアースガルズ人だ。つぅかお前なんでこんな街にいるんだ?」


し、知らない…………気が付いたらここに…………。


私が穴に落ちたことを説明すると、Lは形の良い眉を歪めて席を立った。


「…………まぁいいか。詳しいことは後で聞く。来い。」


手を引かれて私はLの車に乗せられ何時間と平原を越えた。私は話しかけようとしたがLが「うるさい。話しかけんな」と言われ、外の景色を眺めていた。そして巨大な門前、Lが言うには関所に着いた。銃を持った兵士が車の窓から私を見ているとLは兵士に札束を渡しあ。すると兵士は快く通した。うわ、賄賂って初めてみた…………。


「あ、今の50万も要求しとくわ。あとガソリン代30万」


Lの追加料金の話には耳を塞いでおいた。ガソリン代30万っておかしくない?

門から先の光景は目を疑うものばかりでまるで現代日本の大都市のような場所だった。先程の街とは大違いである。


「じゃっ、テメェは今からあの『万屋黄昏』の従業員だぜ。所長は俺だ。逆らうな。働き具合によっては自由もくれてやる。」



こうして、私一条雪乃の『万屋 黄昏』での地獄生活が始まった。先程のように重い荷物を運ばされたり、ヤクザの囮にされたり、食器を洗ったり部屋の掃除をしたり…………。

Lはここで仕事をして治療費を払えと言ったが、まだそんな仕事もしていないし雑用しかやっていない。


もう一度いう。『雑用しかしていない』


そして今に至る。ここに来てから早一ヶ月。Lは数々の仕事を受けて私を連れて行った。浮気調査に竜退治。近隣の暴力団潰しに大学の先生。


……あれ…………?…………竜退治?なんかおかしい!


うーんと唸り、事務所の階段を上がる。依頼を受ける事務室は二階だ。陽光に当たりながらもハンカチで汗を拭いた。そういえばこのハンカチ、Lがくれた物だっけ。

ドアノブを握って回す。ガチャリとドアが開き、快い冷気が肌に当たった。


「遅い。」


ほら見ろ。いきなりこれだ。「お疲れ様」という言葉はないの?


「んなモンお前に言うなら大学の生徒に言ってやるわ。」


ため息を吐いて、椅子に座る。Lは『所長』と書かれた札が張られた机に足を載せ、携帯端末で何かを見ている。その姿も何処かの一流俳優の私生活のようでかっこいい。

いつもこんな感じだけど。


「ねぇ…この前の竜退治だけど……。」

「あ?」


Lは端末から目を話さない。


「なんでこの世界は竜がいるの?」

「自分で考えろ馬鹿。」

「考えても分かりません~。なんで想像上の生物がいるの?」

「は?」


Lは「お前馬鹿か?」と言いたげな目で私を見てきた。


「だって日本には竜なんていないよ?」

「当たり前だ馬鹿。日本では竜、いや『龍』は神聖な信仰対象だぞ?」

「は?私龍なんて本でしか見たことないよ?」

「当然だろ。一般人の前に龍が姿を現すかよ……待て、お前……あの時、気が付いたらあの街にいたと言ったか?」

「うん。」


私の返答にLは何かを考え始めたのか、天井を見上げ目を閉じた。

その動作にドキッとする私。いかんいかん。


「………………………………。」


Lの黒い瞳が私を捉えた。その瞳には深い知己と疑問が現れている。


「…………良いか。ここはお前がいた世界とは別世界と思え。俺の話を理解するにはそれを分かっておけ。」

「え…………?」


言っている事が分からない私を無視してLは説明を始めた。


「この世界とお前が元いた世界は壁で繋がりが絶たれている。しかし、たまに壁に穴が空いてどちらかの世界の住人が別世界に移動してしまうことがある。お前はおそらくその現象に巻き込まれたドジな女って訳だ。ここは『ユグドラシル』と呼ばれる想像上の生き物に超能力者に神々、お前がいた世界では絶対に見れないものが存在する世界だ。分かったか?」

「……要するに私は壁にあいた穴のせいでこの常識はずれの異世界に来ちゃったって訳?」

「そうだな。馬鹿でもその辺は理解できるか。」


いちいち無駄口が多い男だな。その口裂いてやろうか。


「あー?どうでもいいわ。とにかくだ。お前は俺への3000万を払わねぇ限り元の世界には返さない。3000万返したらお前は自由だ。ただし、俺はお前が帰るまでの面倒は見ない。」

「は?サービスとかしてくれないの?」


と言ったら凄い目で睨まれた。また、銃を撃ってきそうだ。


「んなモンあるか馬鹿。あ、でも追加料金で1000万払ってくれたら正式な依頼として返してやるよ。お前の治療費合わせて計4000万。」

「どんだけ掛かるのよ!私高校生!宝くじの一等賞でも当たらない限りそんな大金払えないわよ!?」


私はずかずかとLの座る机を叩いた。Lは同時もせず、鼻で笑いやがった。


「馬鹿。お前、ここをなんだと思ってやがる?」

「高校生に大金を払わせようとする馬鹿が経営するなんでも屋さん。」

「万屋だぜ?しかも、一ヶ月に数回の割合で大手企業の社長や、政治家からも依頼がくる。そんな万屋で4000万なんか安金だぜ?この前の竜退治だって近隣の村と町に討伐費を要求して竜の鱗や皮、使える素材をその手の企業に売り払えば100万は軽いんだぜ?」

「ひゃっ、百万!?竜ってそんな価値あるの!?」


私の驚愕っぷりにLはまるで貧民を見るかのような目で言い放つ。


「あれは100年級の竜だ。この街の軍隊でも割の被害を食らう獲物だ。当然の価格だ。ま、半分は討伐に使用した物資に使ったけどな。残りは俺の研究だ。」

「え、待って。Lはその軍隊でも無傷では済まない竜を一人で相手したの?」

「100年級の竜なんて子供だぞ?この前は1000年級の竜を二人で狩った。」


な、なんて男だ……子供でも竜は竜。人々にとっては恐怖の対象でしかないそれを一人で討伐したの……。


「テメェの言うとおり、この世界では竜は恐怖の対象でもあり知恵と英知を司る象徴でもある。日本では信仰対象だが。竜と言うのは生きた年月で大きさも力も知能も上がる。100年から999年生きた竜は『子竜』と呼ばれ、1000年から2499年生きた竜を『長命竜』と呼び、そして2500年から4999年生きた竜を『仙竜』と呼び、そして。」


Lの言葉が区切られ、視線が私に向けられた。いつもとはまったく違う真剣な目に思わず目を逸らしてしまった。


「5000年生きた竜を『知竜』と呼ぶ。それ以上の年月を生きた竜は神話上しか登場しないが『古龍』と呼ばれる。流石の俺も古龍は見たことがない。まぁ、珍しいことでもない。この辺の国では竜を見ずに死んでいく奴もいるしな。」


Lは携帯端末を机の上に置いて、窓の外に目を見やった。


「もし、お前が早々に帰りたいと言うのならばこの竜、または同等の力を持つ『闇の眷属』と戦うしかないな。長命竜を倒せれば4000万なんてあっという間だ。」

「そ、そんな……私にはそんな勇気ないよ……。」


そうだ、私は一般の高校生だ。ひ弱な人間だ。竜などと言う存在と戦えるほどの勇気があるはずがない。

脅える私をLは珍しく、笑うこともなく見つめた。


「……まぁ、普通の反応だな。能力者でもなんでもないお前が竜に挑んだところで無惨に殺されるだけだ。まともな判断だな。」

「え……そうなの?」

「決まってんだろ。お前に死なれたら4000万は誰が払うんだ?最近では名誉のためだけに竜を狩ろうとして返り討ちにあう阿呆もいる。生きるための選択だ。まともに決まってんだろ。」


え、Lが……初めてまともなことを言った気がする…………あれ、私のため?


「……まぁ、そうなるわな。」


珍しく口ごもったL。机の上からのせていた足を下ろし、欠伸をした。何故か私から視線を逸らす。


「大切なのは名誉や金じゃねぇ。生きることだ。俺が馬鹿高い金を要求するのも俺が生きるためだ。俺が生きるためなら誰かの命を踏み躙ろうと侮辱しようと構わない。俺は死ぬわけにはいかない。」


……その時だけ、私にはLがとても哀しそうな表情をしていることだけが感じ取れた。

そして、それがとても、愛おしかった。


今まで適当だったこの男にも、誰にも言えない哀しい過去があるのだろうか?

私にはそれを知る機会があるのだろうか?

彼は私を認めるときがくるだろうか?


……とにかく、私はそれらの時が来るまで帰れないだろう。時が来る前に治療費を払ったとしても、私はおそらく彼について行くだろう。


自分でも分からないこの感情が心の中で渦巻いていた。


L、彼はとても残酷で卑怯で外道で人使いが荒くて、そして優しくもない彼にはどんな犠牲を払ってでも成し遂げなければならない目的があるのだろう。

私がそれを知るときは遠いだろう。だけど、そう遠くはないと私の心の中にそう確信があった。


「あ?何笑ってんだ?気持ち悪い。」


振り向いたLが私の顔を見た瞬時に汚物を見るかのような目で見てきた。

私も気付かないうちに笑っていたらしい。すぐに笑みを直す。


「とにかくだ。お前は生きる術を身に着けるまでまで一生雑用と思え。」


ざ、雑用って……それって給料は入るの?


「入らねぇに決まってんだろ。バイト以下の扱いだぞ?」


ため息を吐いて、Lは胸ポケットから携帯電話を取り出し誰かにコールした。

これではいつまで経っても3000万は返せそうにない。私体力ないし。そんな銃とか格闘術とか身に着ける暇があったら仕事してます。というかバイト以下の扱いってそれ勤務していないに等しいのでは……むしろボランティア(無料)では……?

数秒経ってから電話の相手が出たのか、Lが口を開いた。


「あぁ、俺だ。今手ェ空いたからこの前の仕事どうする?……あぁ……分かった。今行く。」


携帯を胸ポケットに押し込み、Lは机の脇に置いてあったジャケットを羽織った。あのジャケットには色々危ないものが入ってるから触るなとLから注意を受けたことがあったことを思い出した。


「行くぞ、仕事だ。準備しろ。お前は俺の装備運べ。」


はいはい……人使いが荒い男だ…………。


「早くしろ。街外れの森で食人鬼オークの群れが暴れてる。被害が出る前に殲滅しろだとよ。」


Lは両手にずっしりとしたリュックサックを持って、同じようにずっしりと重いバッグを持つ私を待つ。

両腕に力を入れて、両腕で女子高校生には重過ぎるバッグを肩に掛け、部屋の入り口へと歩き出す。


「よし、行くぞ。」


Lはドアを開けた。眩しい陽光が一瞬だけ彼を輝かせた。


私も続いて、部屋を出る。木製の階段を下りて、Lは二階の受付室のドアの前に

『ただいま、出掛けております。By 店主』

と札を掛けた。


「あ、そういえば。」


Lが何か思い出したのか、荷物を車の後部座席に詰め込み私を見た。その目は先程見せた真剣で見るものを魅了する知己は宿っていなかった。


また何か酷いこと言われるんだろうなと予想した私の予感は大きく命中した。





「お前、名前なんだっけ?」


今更かよ!?


まだまだ、私の雑用は続きそうだ………………。


ともまぁ、私一条雪乃の『万屋黄昏』でのアルバイト(&ボランティア同様)以下の雑用扱いの仕事は今日も始まるわけなのだ。

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