願いのために
時よ……。
戻って……お願い。
神様。
本当にこの世界に存在しているのなら……。
どうか私の願いを叶えて……。
私のせいで……私の大切な人が死んでしまったの。
だから、私は彼を救いたいの……。
彼が、死んでしまったのはーー私のせいだ。
轢かれそうになった私を、かばったから……。
彼は、私より人から必要とされる人なんだよ?
私の時間を全てあげるから……。
どんな代償も払うから……。
彼が、生き返るのなら……私は、命だって差し出すよ。
だから……お願い。
どうかーーー神様。
彼を、私と出会う前の時間に戻してーーー。
そうすれば、彼が助かるもの……。
私は、彼が生きてくれれば本望だよ。
たとえ、彼が私の事を忘れてしまっても……。
彼と過ごしたこの1年は、とても幸せだったよ。
私なんかを、好きになってくれただけでも、感謝しきれないよ。……本当にありがとう。
****
私は、鈴木莉緒。
人と接するのが苦手な、口下手で、おまけに友達もいないような子だった。
そんな私に、手を差し出してくれたのはーー彼、高崎陽だった。
「君、今まで無理をしてきたんでしょ? 無理をしなくていい。誰かに頼ったって、いいんだよ……」
彼とは、クラスメイトというだけーー。
なのに、彼は私が欲しかった言葉をかけてくれた。
その時は、ただ静かに泣いてしまった。
最初は、ただ同情してくれるだけだと思ってた。
だってーー彼は、みんなから頼りにされていて、誰にでも優しい人だったから。
陽は、その後も気さくに話かけてくれた。
私は、彼のおかげで、クラスのみんなと打ち解けることができた。
たまに、二人きりで帰ったりするようになることも増えた。
「莉緒。俺と付き合って欲しい」
でも、彼からの告白を聞いて私は、嬉しかったんだ。
私も、いつのまにか……彼のことが好きになっていた。
だからこそ、彼と付き合うことができて嬉しかった。
でも、だからこそ、罰が当たったんだ……。
私は幸せになっては、いけなかったんだ。
彼とのデート中ーーそれは、突然の出来事だった。
私たちは歩きながら、彼の家に向かっていた。
そんな時……私たちの後ろから、すごいスピードのトラックが、私たちの方に突っ込んできたのだーー。
「莉緒‼ 」
彼は、とっさに私を抱き寄せた。
私を守るために……。
トラックは、そのままのスピードで私たちをはねたのだ。
私は……薄れゆく意識の中で、血だらけで倒れていた彼が見えた。
「陽 ⁉ どうして……」
何とか彼の所に、這って向かおうとしたが……。
でも……体に力が入らずに、そのまま意識を失った。
次に、私が目が覚めた時には、病院のベッドの中だった……。
私の意識が戻ったのが、事故の五日後ーー。
母から、事故のことを聞いた私は、一人泣き出した。
母は、悲しげに私を見ていた……。
居眠り運転だったそうだ。
彼は即死で、私も重症だった。
彼の葬儀も、終わってしまった。
もう彼は、この世界から消えてしまった……。
私なんかを守ってしまったから……。
彼は、死んではいけない人だったのだ。
私は、彼に会わない方が良かったんだ……。
ごめんね……。
****
今度は、私が彼を助ける番。
彼が、私を守ってくれたようにーーー。
『……いいだろう』
どこからか、そんな声が聞こえた。
神様は、確かに存在していた。
『いいか。対価としてお前の記憶を貰う。……それでもいいのか?』
対価はーーー私の記憶。
神様は、そう言い放つ。
でも、私の心は決まっていた。
これが、彼を救う私に出来る唯一の方法だから。
「お願いします」
『了解した』
彼との記憶はーーとても優しくて、私の大切なものだった。
失うのは、とても辛い。
でも、私に出来ることは、これくらいしかないもの……。
神様は、私の願いを聞き届け、私は、その代償に彼の記憶を失った。
彼は、私に出会ったことを忘れ……私も、彼のことを全ての記憶が忘れてしまった。
でも、彼を生き返ってくれるのだから……。代償は、大きかったけれど……もう、それだけで私は、十分だよ。
幸せになってね。
さよならーーー。
****
ーー1年後ーー
病室のベットから、窓の外を眺めていた……。
なぜ……私は、入院しているんだろう。
今の私は、病院で生活している。
母から聞いた話では……私は、交通事故に遭い、重症だった。そしてーーどうやら、歩けなくなってしまったらしい……。
でも、その時の記憶がないのだ……。
事故にあったことも、覚えていない。
私は、記憶喪失だそうだ……。
記憶は、いつ戻るか分からない。今日、戻るかもしれないし……もう、戻らないかもしれないーー。
心のどこかで、なぜか安心していた。
どうして?
……よく分からない。
失った記憶の中に……忘れてはいけないことがあったの?
でも……もういい。
考えるのに、疲れてしまった。
見舞いに来る母は、いつも辛そうな表情をしてる。
それを見るのは、辛いし……もう、生きる気力がない。
コンコン。
病室のドアが、ノックされた。
「どうぞ」
入って来たのは、私と同い年ぐらいの青年だった。
私は、全く会った覚えがない。
だれ?
青年は、私に小さいブーケを私に渡してきた。
「……ありがとう」
でも、その青年は悲しげな表情で私を見てくる。
やめてよ! そんな風に私を見ないで ‼
私が、あなたに何かしたの ⁈
何も知らない癖に……。
彼は、母と同じ目で見てきた。私のことを。
心の中では、私は、彼に暴言を吐いていた。
会ったことがない筈の彼に……。
「あなた、誰?」
私は、彼に冷たく言い捨てた。
彼は、苦笑いをしつつ、私の目を見つめながら、言った。
「俺は、陽。太陽の陽って書いて、はると言うんだ」
何故か、陽と名乗る彼に私は、イラついてしまう。
いつもはこんな事はないのに……。
「それで? なんであなたは、私の所に来たの? 私は、あなたなんか知らないわ!」
さすがに言い過ぎたかと思ったがーーでも、このまま彼と一緒には居たくないと思えた。
なのに……彼は、涙を一筋流したかと思ったら、私を抱きしめた。
「ごめんな。君には、辛い想いをさせて」
「や、やめて! 人を呼ぶわよ‼ 」
暴れる私を、彼は無理矢理抱きしめる。
「ごめん。ごめんな、莉緒」
何故か彼は、私の名前を知っていた。
ただ、彼に名前を呼ばれただけなのに……私は、いつの間にか泣いていた。
おかしいよ。なんで? 名前を呼ばれただけじゃん!
「うぅ……」
彼は、黙ったまま、私の背中をさすりながら、泣きやむのを待ってくれた。
それだけで、彼にイラついていた心が鎮まるのがわかった。
「落ち着いた?」
「えぇ。ありがとう」
彼に謝らなければと思った私は、彼に謝罪の言葉を口にしようとした。
ーーー言えなかった。言わせてくれなかった。
なぜならーー彼が、私にキスをしたから……。
私は、呆然とした。
「なぜ……こんな事するの」
戸惑いながらも、何とか、口にする事ができた。
「莉緒が好きだからだよ。自分を犠牲にして俺が悲しまないと思った訳?」
「分からない。覚えてないもの……」
それしか……私は、言う事が出来なかった。
「……いいよ。莉緒が辛くなるだけなら、無理に思い出さなくていいから。これから、思い出を作ろう?」
彼は、優しく語りかける。
その時、私はーー悟った。
私が失ったのはーー彼への想いだと……。
気付いたら……また、泣いていたんだ。
そしてーー私は、口にしていた。
「陽……」
私が、名前を呼ぶとーー嬉しそうに微笑む。
「莉緒。やり直そう?」
「……うん」
私たちは、思い出を作り直す……。
離れてしまった時間を埋めるようにーーー。
二人は、再び会うことができた。
これは神の気まぐれだったのだろうか?
あなたは、大切な人がいますか?
いるのならーー大事にしてあげて。
居なくなってしまってからでは、遅いから……。
こんな幸せがあったって、いいと思います。