前編/最終話
前編/過去の観覧
〈最終話 愛と希望〉
「覇那子ちゃぁぁぁん」
「覇那子ちゃぁぁぁん」
と、山彦達がこだましている。
遠くから山彦達が響いてくる。
そんな山彦達がアムの意識を現実に引き戻した…。
『覇那子』
…それがアムの本名だ。
アムはここ(霊域)に来る前に、遺書ってわけではないけれど、おばさんに感謝の気持ちを書き残していた。
それをみつけたおばさんが、村長さんかおまわりさんに伝えたのだろう。
皆が救助に来てくれたようだ。
「ハナちゃぁーん」この声は?「どこにいるのぉー」
おばさんも来てくれている!?
心臓が火山の噴火位のエネルギーで破裂しそうになった。
ここ(霊域)はおばさんにとっては世界で一番イヤな場所のはずだ。
訂正。宇宙のどこよりもイヤなはずだ。
霊域に来るのと、銀河の果てにひとり放り出されるのと、二者選択。
それはおばさんにとっては究極の選択ではない。
おばさんは迷わず銀河の果てを選ぶだろう。
そんなおばさんが来てくれた。
こんなアムのために…。
アムは胸が痛くなった…。
山彦達がだんだんと近づいてくる。
皆が近づいているのだ。
そのうちに発見されるだろう。
アムは瞼をとじた。
そして、ほっぺをチュ~っと吸った。
この、必殺ひよこくちばし、この技の披露もこれで最後になるかもしれない。
アムはその顔で熟考した。
…彼をひとりであっちの世界に逝かせない。
遠距離恋愛にも限度がある。
一緒に逝こう…。
アムは瞼をあけた。
それが必殺技で出した答えだった。
彼と一緒にあの崖から、谷底に飛び込むだけでいい。
それだけのことだ。
と、アムは思った。
「一緒に逝くから、ネ」
と、アムはつぶやいた。
不思議と涙は流れなかった。
既に、一生分の涙を流してしまったのかもしれない。
アムは俄かに笑った。
人は悲しすぎる時には、笑ってしまう生き物かもしれない。
こんどは大声を張り上げて笑った。
けして気が狂ったのではない。
アムは、たぶん、正常だ。
アムは彼を抱きかかえた。
彼の体は氷のように冷たかった。軽かった。
彼がいなくなってから、一年程経っている。
その間、何も食べていなかったのかもしれない。
アムはそんな彼に口づけをした。
「愛している。アムはずっと一緒だよ」そして、祈るように続けた。「来世は幸せになろう、ネ」
おばさんの声がさっきよりかなり近くに感じた。
アムは辺りをみわたした。
救助に来てくれた皆がアムの視界に入った。
おばさんの姿も朧気に映った。
そのうちに向こうからも気づくだろう。
アムは彼を抱きかかえたまま、崖のほうに歩み寄った。
崖まで十歩位の所で立ち止まり、大きく深呼吸をした。
「お父さん。お母さん」アムは天を見上げた。「彼とそっちに逝ってもいいよね」
アムは色々な想いをかみしめながら、一歩一歩崖のほうに近づいた。
もう、後戻りなんてしてられない。
「ハナちゃぁーん。ハナちゃぁーん」おばさんの声がアムの脚を止めた。「じっとしているのよー。今、行くからねぇー」
その声が近くに感じたので、アムは振り返った。
皆がこっちに向かって走ってくる。
アムに気づいたようだ。
それでも、アムは考える余裕がなかった。
アムは崖のほうに視線を戻した。
皆の大声が背中で感じるけれど、アムには言葉として届いていない。
後悔はない。
崖はもう目の前だ。
アムは崖を前にして、もう一度振り返った。
皆がもうそこまで来ていた。
おばさんは三番目位の位置だった。
「おばさん」アムの瞼の奥にまだ涙が残っていた。それが滝のように流れた。「ごめんなさい」
アムは彼と一緒に谷底に飛び込んだ。
一瞬のことだった。
アムは何か大きな力に包まれていた。
意識が朦朧としていて、それが何なんだかわからない。
そんな意識が幼い頃にスリップした。
…アムは悲しくてたまらない。
父は優しく抱いてくれた。
悲しみはどこかに飛んでいき、夢の世界に導かれる…。
あの日と同じだった。
悲しみはどこかに飛んでいった。
夢の世界に導かれている…。
アムはそんな半覚醒の状態で、
「お父さん、助けてくれたの?」
と、つぶやいた。
眼球の動きだけで、辺りを確認した。
崖の途中から生え茂っている大木達に包まれていた。
…助かったようだ。
でも、アムの胸の中には、彼は、い、な、い。
しっかり抱きかかえていたつもりだったけれど、離してしまった。
でも、アムはどうすることもできない。
このまま彼を追って、谷底に落ちることもできない。
体が自由にうごかない。
ヒユーュルルルー
と、生暖かい風が吹いた。
「…アム、シッカリスルンダ。…シンデハダメダ」谷底に吸い込まれたはずの彼の声がした。「…キボウヲステルナ」
これが幻聴というものだろか?
それでも、彼の意思がアムに伝わった。
彼は天国で(アムの)父と母と仲良くするだろう。
アムはお世話になった(彼の母に)おばさんに恩返しをしなければならない。
お父さんやお母さんやおばさんや彼の愛を忘れてはならない。
アムは死ぬことは許されない。
アムは希望を捨ててはならない。
彼の幻聴がそう教えてくれた。
…誰か、
…助けて。
…心からそう願ったけれど、もう遅いかもしれない。
…アムの意識はゼロに等しい。
…このまま死んでしまうかもしれない。
崖の上からおばさんの叫び声が朧気に聴こえた。
その叫び声が、催眠術の暗示のように聴こえた…。
アムを夢の世界に導びいている……………。
そして、アムは、
意識を、、、
失っ
た。
前編/過去の観覧
The End