マイ ヒストリー
第4話 マイ ヒストリー
アムは彼のなまえを叫びながら、幼少の娘のように泣きくずれた…。
アムはピクリとも動かなくなった彼の胸で、どれだけそうしていただろうか?
まったく記憶になかった。
それでも、、、
涙が枯れ果てたアムは、魂を奪われたように、彼をただぼんやりと眺めていたことは、記憶の片隅に残っていた……。
ー∞ー∞ー∞ー
一年前に母が病気で亡くなった。
その時でさえ、魂を奪われたような、そんな体験はしていない。
幼い時、既に父も亡くしている。
思えば、その父の死が彼との運命の出会いそのものだった。
父が亡くなっ時、父がまだ母と結婚する前の恋仲だった女が葬儀にきた。
(その時は、ただのおばさんだと思っていたけれど、それを後にしった)
彼女は息子とふたり、自分の実家で両親と兄夫婦と一緒にくらしていた。
それがどんな事情でそうなったのか、アム達はその親子と、アムん家で一緒に生活することになった…。
母とおばさんは近くの農家で働いた。
今までより貧しくなったけれど、それはそれで毎日が楽しくなった。
おばさんはアムの母より三歳上。子供のほうもアムより三歳上。
アムはお兄ちゃんができて嬉しかった。
ニックネームの『アム』は、その時お兄ちゃんがつけてくれた。
『ハナちゃん』とよばれていた時より、素敵な少女に大変身をした気分だった。
すごく気にいって、自分の事も自分でそうよぶようになった。
お兄ちゃんが小学校を卒業するまでの数年間、一緒にくらした。
お兄ちゃんが小学校を卒業する時、お兄ちゃん達は別の島に引っ越した。
お兄ちゃんはその島の旅館の調理師になるのが夢で、中学校をその島に選んだ。
お兄ちゃんが中学校を卒業するまでの三年間は、母と一緒によく遊びにいったものだ…。
お兄ちゃんは夢が叶い、中学校を卒業し旅館の調理師見習いが内定した。
お兄ちゃんが就職をして、始めての夏のことだった。
それはアムが中学一年生の夏休みでもあった。
母とお兄ちゃん家に遊びに行った。
お兄ちゃんに彼女ができていた。
彼女は旅館のお嬢さん。
お兄ちゃんより三歳も上だった。
アムはショックを隠せなかった。
その時、アムはお兄ちゃんが好きなんだ、と初めて気づいた。
それからアムは、お兄ちゃん家に遊びに行くことはなかった。
母が行く時もアムは断ってばかりだった…。
母がひとりで遊びに行った三度目の時、お兄ちゃんがアムに会いたいといっていた、と母から聞いた。
一瞬胸がキュンとしたけれど、それを隠し、
「じゃあ、この次」
なんて適当にごまかした。
それでも次の機会もアムは断っていた。
結局、中学生活の三年間は行くことはなかった。
でも、アムが中学校を卒業する時、アムのお祝いをする、そんなふうに話しが盛り上がった。
その時はさすがに行くことにした。
お兄ちゃんと二年半ぶりの再会だ。
お兄ちゃんは大人なっていて、凛々しくなっていた。
チョッピリ照れくさかった。
でも、そんな気持ちを隠し、
「彼女と仲良くしてる?」
と、嫌みっぽく聞いてやったら、
「とっくに別れた」
と、お兄ちゃんはさらり返した。
「どうして、別れたの?」
と、アムが、聞いたら、
「もっと好きな人がいたのに気づいたから」
と、お兄ちゃんは答えた。
そのお兄ちゃんのいう、もっと好きな人が、アム、だった。
お兄ちゃんも旅館のお嬢さんと交際をして、アムのことが好きだったんだ、と初めて気づいたらしい。
それを聞いたアムはほっぺが赤く染まったのが自分でわかった。
旅館のお嬢さんはサッパリとしたタイプで、なんのわだかまりたいもなく、(今では)ただの使用人とお嬢さんの関係になったらしい。
というか、彼女は最近結婚をした。
と、お兄ちゃんはいった。
その後、アムとお兄ちゃんの遠距離交際が始まる。
三カ月に一回程度しか会えなっかたけれど、アムは幸せだった。
電話がどこにでもある時代ではなかったけれど、文通なんかもしたりして、けっこう青春していた。
アムは中学校を卒業して、お家の近くの旅館で働いていた。
アムの彼氏になったお兄ちゃんと、将来一緒に働けるように、旅館の仕事を選んだ。
それから二年程して、母が病気で倒れた。
母は仕事を辞め、アムひとりのお給料で生活する事になった。
だから、もう彼ん家に行くことはできそうにない。
その時アムは気づいた。
アムのほうから彼ん家に行くばかりで 彼のほうから来たことはない。
それどころか、彼は小学校を卒業して、アムん家を出てから、この村に一度も帰ってきていない。
そんな事を思っているやさき、母の病状が悪くなり、アムん家の村から離れた大きな病院に入院することになった。
その時は、アムの旅館の電話をかり、彼の旅館に電話した。
彼とおばさんはすぐに来てくれた。
その時に、彼にどうしてアムん家に一度も来てくれなかったのか、問いただした。
…彼の父親は色情魔に憑かれた男だと聞かされた。
すなわち、おばさんは色情魔に憑かれた男に犯されたのだ。
そして、葛藤の末に彼を生んだのだろう…。
だから彼は霊域近くのアムん家に来る事ができなかった。
色情魔に憑かれる可能性があるからだ。
アムはその事実をしった。
でも、そんなにショックじぁなかった。
母が治れば、一緒に彼の島に行けばいいだけだ。
アムは彼を愛していた。
母の看病の為、仕事を長期で休む事にした。
一カ月でお金がなくなった。
でも、おばさんが病院にお見舞いに来てくれて、お金を置いてくれた。
その一カ月後は彼が来てくれた。
その時、アムをお嫁さんに欲しい、と彼は母にいった。
母はもう喋る事が苦しそうだったけれど、とても嬉しそうだった。
もちろん、アムも嬉しくて、涙がこぼれた。
その一カ月後は再びおばさんが来てくれた。
母はその日を待っていたかのように、 息をひきとった。
母はアムを残して、逝ってしまった…。
アムがあまりに落ち込んだので、おばさんはずっと傍らにいてくれた。
彼には連絡しなかった。
でも、彼は何かを予感したようで、三日目にアムん家にやってきた。
彼は母の位牌の前で、アムを幸せにする、と約束してくれた。
そして、すぐにトンボ帰りをした。
初七日が終わり、おばさんは帰った。
数日して、おばさんが血相を変えてアムん家に来た。
彼が行方不明だと聞かされた。
アムは胸騒ぎをおぼえた。
それでも暗黙の了解のように、色情魔の話題に触れなかった。
その後、アムは仕事を復帰し、おばさんは昔お世話になった農家で働くことになり、アムん家でふたりの生活が始まった…。
あれから一年…。
冬だというのに、生暖かい風が吹いているこの日、アムは霊域に行くことを心に決めたのだった……。
ー∞ー∞ー∞ー
涙が枯れ果てたアムは、魂を奪われたように、彼をただぼんやりと眺めていたのは、記憶の片隅に残っていた…。
「覇那子ちゃぁぁぁん」
「覇那子ちゃぁぁぁん」
と、山彦達がこだましている。
遠くから山彦達が響いてくる。
そんな山彦達がアムの意識を現実に引き戻した……。