アムの記憶
〈第1話 アムの記憶〉
彼女は追いかけられていた。
片側は絶壁。もう片側が谷底。
そんな山道だった。
前方に洞窟がみえた。
彼女はその洞窟の手前で、男に捕まってしまった。
男の顔は骨と皮。
目が落ちこみ、頬が落ちこみ、もはや人間のそれではなかった。
その男の顔が鮮明に瞼の奥に現れ、愛夢は飛び起きた。
飛び起きたといっても眠っていたわけではない。
「もう少し、ねる」
と、きみにいってはいたけれど、瞼を閉じていただけだ。
記憶を失ったまま眠る事はできない。
瞼を閉じて『昨日の自分』を探していただけだ。
飛び起きて、心臓がパクパクしてきて、体がブルブルしてきて、壊れそうになった時、きみの声が聴こえた。「どうしたの?」
「おもい、だし、ちゃった」
「思い出した?」
「ゆ、め」
「夢?」
「怖い、夢を、観た、の」オウム返しをしてくるきみに、震えながらも愛夢はいった。「そんで、思い、出し、た」
自分でいっておいて、すぐにそれを否定する。
あれは夢ではない。
だいたい愛夢は眠っていたわけではない。
あれは記憶だ。
愛夢は飛び起きたままの姿勢であたりをみわたした。
きみはどこにもいない。
そらそうだ。
きみの声は愛夢の心の中で聴こえていただけだ。
病室には、愛夢ひとりいるだけだった。
「怖い夢を観た、って?」
と、きみは愛夢の心の中に顔を観せた。
「夢じゃなかった」
と、愛夢は心の中で首を横ふった。
昨日のことは思い出せていないけど、遠い昔を思い出した。
「夢じゃなかった、って?」
と、心の中のきみは聞いた。
「うん。あれはアムの記憶だった」
と、心の中のきみに答えた……。