200年後の能力世界
誰にもみられてなくて鬱なんだけど
久しぶりに信号を見た。都会から随分離れてしまったな、そんなことを私は思う。
(そろそろいいか……)
私はゆっくりと振り返った。そして、頭の中で「出てきて」と声をかける。
夜の暗さと、ビューっと突き抜けるような寒さが肌を刺す。
「そろそろ出てきてもいいんだよ?」
闇の中の虚空に向かって声を張る。すると、闇の中でパッと光が弾けた。
私は呆れるように笑う。
「闇の中でそんな銃使うなんて、素人さんかな?」
腕に装着した端末を素早くタッチする。ホログラムでシリンダーの表示が浮かび上がった。1つの穴ごとに番号が振られている。私はそのままシリンダーを回し、3に設定する。
そして頭の中で「バン」と呟いた。
その瞬間、私の周りに電磁パルスのバリアが展開された。相手が放ったビームは、バリアに触れて一瞬で消え去る。
私はバリアを出したまま走り出し、ビームの射手へと一気に肉薄した。相手は慌てて逃げ出そうと走り出す。
私は走りながら、指を前に突き出した。
「あっち向いてホイ!」
指をクイッと左に曲げる。すると、相手の右足が強制的に左へと向きを変えた。
体勢を立て直そうとする相手だったが、勢いを殺しきれず盛大に転倒する。
私は銃を引き抜き、遠くから相手の足を撃ち抜いた。足の腱が弾け、肉が抉れて吹き飛ぶ。相手は凄まじい悲鳴を上げた。
私はバリアを維持したまま、ゆっくりと歩み寄る。
「えー、大丈夫? そんな痛いかな?」
あやすように声のトーンを明るくして尋ねた。相手は腕の力だけで必死に逃げようとしている。見ていて滑稽で、思わず声を上げて笑ってしまった。
「ちょっとやめてよ! お腹痛くなるって!」
笑いながら追いつき、バリアの電力を少し引き上げる。バリアの熱と電流に触れた相手は、苦悶で全身を震わせた。
私は相手の髪を左手で掴み上げる。
「おにーさんって、女の子とハグしたことあるかな? ……多分ないよねー」
相手に邪気のない笑顔を向け、そのまま自分の胸に相手の頭を強く押し付けた。
「だからハグしてあげるね。初めてのおにーさんには、ちょっと刺激が強すぎるかなー?」
電圧を最大に設定し、そのまま十秒ほど抱きしめ続けた。強烈な電流のせいで、相手は指一本動かせず抵抗すらできない。
「長いハグだったねー……って、うわ! よだれつけないでよ!」
バリアを解除する。相手を見ると、体の至る所から焦げた煙が上がり、完全に意識を失っていた。
「私って、そんなに魅力的かな。えへへ」
相手の頭に弾丸を撃ち込み、そのまま服のポケットをまさぐる。
「あったあった! 久しぶりに現金持ってる人がいたー! おにーさん、生まれてきてくれてありがとねー」
4,500円ほどの現金をポケットに押し込み、都会の方角へ向かって歩き出した。
少しすると、腕の端末に通知が届く。
『あなたに追っ手が来てる! 《鳳凰》のメンバーよ! 下っ端らしいけど絶対に油断するな! 人通りの悪いところには絶対に行くな!』
「あー、小鳥さんのところだったのねー」
とだけ返信し、通知を切った。
街に着くと、自動運転車が何台も並んでいた。適当な1台に乗り込み、行き先の住所を告げる。
『その住所は存在しません』
「あ、そうだった。じゃあ、一番近いところは……」
目的地の最寄りであるデパートの前で車を降りた。そこからしばらく歩き、ようやく“そこ”へ到着する。
「やっほー、聞こえるー?」
……数秒後、足元の床が急に開いた。重力に引かれ、私は尻餅をついて着地する。
「アイタタタ……」
見上げると、帽子を被った男が前に立っていた。
「お前は……」
「私? ニーナだよ。ナーニじゃないよー、ニーナだよー。なーにじゃないよー、ニーナだよー」
「もうわかった! ナーニじゃないんだな! わかったから! 俺の名前はフランケイン、《青銅の牙》の初期メンバーだ。……それで、用件は?」
「ここにいるさっちゃんに用があるんだ」
「さっちゃんって、サツのことか?」
「そうそう! 案内して」
「ちょっと待てよ。アイツはここのリーダーだ。名前を知ってるだけで面会させてたまるか」
「ケチだなー。だから禿げるんだよ」
「禿げてるから帽子を被ってるわけじゃない!」
帽子の男とそんな押し問答をしていると、奥から声がした。
「ニーナ!」
「ハイ! ナーニジャナイヨー!」
「サツ! 知り合いなのか、この異常者と?」
「フランケイン、ニーナのお守りは大変だったろう」
「まあな。というか、多分こいつ頭狂ってるぞ」
「そうだな」
「えー! バカって言ったー! 酷い!」
ワタワタと大袈裟に手を振ってみせる。そして相手が隙を見せた瞬間——スッと気づかれぬ動作で、帽子の男の股間を蹴り上げた。
「うっがぁぁっ!?」
男が一瞬で顔を歪め、腰を折って悶絶する。その悲鳴を聞き流しながら、私はさっちゃんに向き直った。サツは呆れたように深いため息をつく。
「ニーナ、手が早いぞ」
「撃ってないから仲良しだよー」
「……わかった。私の部屋に来るんだ」
私はさっちゃんと共に廊下を歩いた。
「ニーナ、お前は誰だ?」
「ニーナだよ? ナーニじゃないよ、ニーナだよ!」
「……そうか」
部屋に着き、中に入ると、私はおもむろに両手を差し出した。
「……なんで自分から進んでそんなことをするんだ?」
「ひみつー」
「そうか」
*
私はニーナを見る。初めて出会った時のままである、無邪気な顔。笑うと、八重歯が少し覗いている。可愛い。思わず抱きしめたくなってしまうのを、いけない、いけないと打ち消す。
私はニーナの両腕に、手慣れた手つきで機械を装着した。そして、スイッチを入れる。
強烈な電流が走る。
「あははははは!」
おかしくて笑っているのか、痛みで笑っているのか、それともくすぐったいのか、分からない。ニーナはこちらをじっと見つめ返してくる。
「あは、あは、あぎ!っっばばば」
私は急いで機械を止めた。
「さっちゃん……?」
「ニーナ、戻ったか」
「……ごめんね、いつも」
ニーナは悲しそうに俯いた。
「なに、問題ない。ニーナのそれは私の責任だ」
ニーナは……本当に可哀想だ。私を頼るしかないのだから。そんな事実に、少しだけ顔が緩んでしまうのを自覚する。
「ありがとうね、さっちゃん」
「……夜ご飯はもう食べたのか?」
「まだ……だと思うけど」
「久しぶりにご飯でも行こう」
そう言うと、ニーナの表情がパッと明るくなった。可愛い。
「うん!」
私たちは部屋を出て、廊下を歩き出した。
*
私はさっちゃんに連れられて廊下を歩いていた。少し進むと、曲がり角の向こうで帽子を被った男の人がうずくまっているのが見えた。
「え、大丈夫ですか!?」
急いで声をかける。すると、男の人がガバッと立ち上がった。
「クソ女が!!」
次の瞬間、見えない何かに首を掴まれ、私の身体が空中に浮き上がる。息ができなくなって悶絶する。
「フランケイン! やめなさい!!」
さっちゃんが叫ぶと、拘束が解けて私は床に尻餅をついた。
「……っ、どうして急にこんなことを……」
「分からないと思うが、男にはキツい痛みなんだよ! ニーナ、次やったら……頭に風穴が空くと思え」
「え……なんで私の名前を……? 私、何かしましたか?」
「は?」
困惑する男の人との間に、さっちゃんが割って入る。
「フランケイン、すまん。少し説明させてくれ」
「サツ……どうしたんだ?」
「ニーナは……あの事故の被害者なんだ」
「……チッ、そういうことかよ。今のお前も『ニーナ』なのか?」
「うん……私はニーナ。ナーニとは違うよ。ごめんなさい、フランケインさん。ナーニが迷惑をかけて……」
「いや、いいんだ。こっちも急に頭に血が上ってすまない」
「フランケイン、詳細を言うと……あの事故のせいでニーナの人格は二つに分かれてしまったんだ。そして、能力は『ナーニ』の時にしか使えない。だから、この外付け端末をニーナにつけた」
説明に合わせて、私は腕の端末をフランケインさんに見せる。
フランケインさんは驚いた顔をして、私の腕を掴んだ。大きくてゴツゴツしていて、少し怖い。
「これ、電子決済してないよな?」
「もちろんだ。組織の金を使うわけにはいかないから、個人で手配した」
「いくらだ?」
「2千万」
「足りたのか?」
「いや、借金をした」
「俺に相談してくれたら少しくらい手伝えただろ!」
「初期メンバーだからって何でも頼るわけにはいかない。お前の家族と同じ境遇だからといって、事故の被害者を家族のように扱う必要はない」
「なんだと? 今、俺の家族の話なんてしてないだろ!」
け、喧嘩が始まっちゃうかも……! どうしよう!
「あの! 三人でご飯行きませんか!!!」
私が大声を出したことで、二人の視線が一斉にこちらに向いた。さっちゃんは私の意図を察したのか、フランケインさんに向き直る。フランケインさんも気まずそうに応じた。
「そうだな……フランケイン、変なことを言って悪かった」
「……別に怒ったわけじゃない。ただ……いや、すまん。ありがとうな、ニーナ」
フランケインさんは帽子を被り直した。
(……今思ったけど、室内でも帽子被るんだ)
私たちは三人で《青銅の牙》のアジトを出た。無料タクシーを拾い、さっちゃんがおすすめするレストランへ向かう。
「お母様、お父様とお子様の3名様ですか?」
「……すみません、私、成人です」
顔が真っ赤になるのを感じる。さっちゃんが意地悪そうにこちらを見てクスリと笑った。
(……体が小さいの、こういう時本当不便! 恥ずかしいし!)
席につき、他愛のない話をする。好きなもの、嫌いなもの、趣味の話。そうやって話しているうちに、すぐに会話のネタが尽きてしまった。
(フランケインさんと私の好みなんて、さっちゃんは全部知ってるから、退屈なのかな……)
そんなことを思いながら、無言で料理を口に運ぶ。沈黙のまま時間が過ぎていく。
「ニーナちゃんさ、事故の前……何してた?」
「事故の前……ですか?」
「いや、言いたくないならいいんだ」
「あ、違います。思い出してるんです。3年くらい前のことだから……」
「そうか。俺は事故の前……家族とVRゲームをしていた。脳内接続型の……アレだよ、『あつまりポケット』だっけか。家の中で世界中の人と交流できて、ゲームの中で別のゲームができるやつ」
「あれですね! 私もやってました」
「私もだ」
「家族とゴルフをしていた時、突如視界が真っ暗になった。一瞬パニックになったが、緊急アップデートだと思ってログアウトしようとしたんだ。でも、ゲームを終了できなくなっていた。怖かったよ……そして、その間にあの事故が起こった」
それを聞いた瞬間、さっちゃんが急に立ち上がった。周りの客の視線が一斉にこちらに集まる。
「なんだと……!? お前、ログインしていたのに被害を受けなかったのか!?」
「フレンド作成機能を使ってなかったからな。まあ、最近のゲームのシステムは分かりづらくて苦手なんだ」
「そうか……運がよかったな」
「いや、運は悪かった。俺の家族は、しっかりとフレンドを作成していたからな……」
「自分以外の意志が、自分の中に流れ込んでしまったんですね」
「ああ。お前と同じ……いや、少し違うかもしれないが」
「私も思い出しました……私もあの時、フレンドを作っている最中だったんです。かっこいい自分を作ってみたいと思って、作成画面を開いている時に意識を失いました」
昔話をしているうちに、食事は終わっていた。そろそろ帰ろう、そんな雰囲気が漂う。
電子決済を済ませて外に出た。さっちゃんたちと別れ、再び無料タクシーに乗る。行き先を告げると、車は静かに発進した。
流れる車窓の光が、目に刺激を与える。
(昔……か)
うまく思い出せないむず痒さに、少し胸がざわつく。
いつ、さっちゃんに出会ったんだっけ……目をつぶって考えているうちに、私はそのまま深い眠りに落ちていった。
*
頭の中で広告のアナウンスが流れてくる。邪魔だな……ゲーム中なのに。はぁ、本当に脳内接続は良いところと悪いところが極端だ。
『ニーナ、どうしたんだ?』
「不定期広告が来ちゃって。消すまでちょっと待ってね」
『わかった。少し水を飲んでくる』
「うん、ごめんねー」
最初はチャットで話していたゲーム仲間とも、今では普通に音声で話すようになっていた。広告をスキップし、いつものFPSを再開する。
「現実でも、このFPSみたいにできたらなー」
『ニーナ、現実でも即死したいのか?』
序盤で早々に倒されてしまった私を、友達がずっとネタにして笑ってくる。
「違うよ! 会社に嫌いな上司がいてさ。今の時代に普通にお尻触ってくるし、小学生ってバカにしてくるし……」
『だから撃ち殺したいと?』
「えー、いや! そうだけど、そういう意味じゃなくて!」
『AIに要望出してみたら?』
「『ゲーム内にクソ上司を追加してください』って? バレたら怒られちゃうし、やめとく!」
正確なエイムで、友達が敵を次々と撃ち倒していく。
『よし、チャンピオン獲った!』
「すごーい! 全員倒しちゃうなんて」
『じゃあ、私が代わりに要望出してみるか』
「えー、なんて書くの?」
『「現実の人を撃って倒したいんですけど、そういう世界を作ってください」って』
「あはは! 良い感じにマイルドに書いたね。できたら私の上司も登場させよー」
『あー、私もニーナのお尻触りたいわ』
「え、急すぎる(笑)! セクハラやめてー」
『そういえば、フレンド作成機能って知ってる? あれすごく出来が良くて、本当に人間みたいなアバターが作れるんだって』
「そんなことできるんだ。じゃあ早速、今日の夜作ってみようかな」
『やば、私明日の仕事の準備してなかった! 今日は落ちるね。明日見せてよ。ニーナの名前をもじって『ナニー』とか』
「あはは、何それ!」
一人になり、手持ち無沙汰になる。フレンド作成画面を開いてみた。
「えーっと、性格を設定して……名前は『ナニー』? いや、『ナーニ』にしようかな」
詳細なパラメーターを打ち込み、決定ボタンを押そうとした——その瞬間、視界が真っ黒に染まった。
ドスン、と抵抗する間もなく、重力のまま崖の下へと転落した。深い眠りが覚めたのか一瞬ニーナは動いた。
(痛い……全身が、熱い……意識が...)
『行き先を設定してください』
システム音声が響く。だが、体に大きな損傷を負ったニーナは気絶しており、反応がない。崖からの落下による可能性が高い。
『行き先を設定してください』
応答なし。
だが、身体の奥深くに気絶していない別の意識——
未完成のフレンドデータが存在することを検知する。
システムは微弱な電磁パルスを送り込み、その内側の意識を強制的に表面へ押し出した。
そのまま電波を浴びせて固定する。
元の意識に戻せば、
ショックでまた気絶する可能性が高かったからだ。
『行き先を設定してください』
「え……私、怪我してる?」
『行き先を設定してください』
「うるさいよ。ニーナは? ……私か」
『行き先を——』
「あの、まあ言った住所の最寄りのところで……そういえば、ここどこ?」
『崖の下です。飛行機能を使用して目的地へ向かいますか?』
「……うん」
部屋で書類整理をしていると、突然ドアが激しくノックされた。
開けると、そこには血まみれのニーナが立っていた。頭から血を流し、腕はありえない方向に曲がっている。
「ニーナ!!!」
「やっほー、さっちゃん」
「な、なんでこんな大怪我を……! もしかして、《鳳凰》が何かしたのか!?」
「小鳥さんが?」
その時、私はニーナがここに来た理由にようやく気づいた。
装置をつけると、凄まじい電流が走る。
「あ、ちょっと急だねー……アハハ、ばばば!」
慌てて外す。
「……もう、ナーニじゃないんだな?」
青ざめた手で携帯を開き、救急車を呼ぼうとする。
「ニーナだよ? ナーニジャナイヨー、ニーナだよ」
その声を聞いた瞬間、私は携帯を床に落としてしまった。
少女の顔を見る。彼女はケラケラと笑い……そのまま糸が切れたように倒れ込んだ。
病院の手術室の前で、私は医師の胸ぐらを掴んでいた。
「今まで電気療法で抑えてきたんだ! なのに急に効かなくなるなんて、どうしてなんだ!?」
「抑えていたのではありません。電気で一時的に一方の人格を気絶させていただけです。根本治療には専用の設備と、膨大な時間が必要です」
「……だったら、すぐにそれをしてくれ!」
「その設備を持っているのは……《鳳凰》だけです」
「なぜ一般人がその名前を……」と言いかけた瞬間、私の体は地面に縫い付けられた。重力波の攻撃だ。指一本動かせない。
「鳳凰のボスは『治療してほしければ現金で20億用意しろ』と言っています。それまで、彼女はお預かりします」
医師は横たわるニーナを乱暴に持ち上げた。
「ふざけるな! 待て!!」
「あー、そうでした。足くらい撃っておかないと追いかけてきますね」
医師がニーナを床に投げ捨て、ポケットから銃を取り出す。
乾いた銃声が響いた。
だが、痛みが来ない。
体が軽くなり、見上げると医師が頭部を破壊されて倒れていた。
吐き気を催すほどの惨状。
その向こうに、銃を構えた彼女が立っていた。
「この人、小鳥さんだったんだねー」
「ッ……! ニーナ!」
「やっほーさっちゃん。小鳥さんの本部に、私を私じゃなくする機械があるんだねー。取りに行くんでしょ? 私も連れてってー」
「……なぜナーニが手伝う? お前が消えることになるんだぞ?」
「だからー! ナーニじゃなくてニーナだよ!」
「……わかった。感謝する」
私のニーナを取り戻さなければ
このニーナは……ニーナじゃないのだから




