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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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外れ鬼

作者: 一威/零壱
掲載日:2026/05/13




 いいかい、子鬼。

 ばばの話をようくお聞き。


 現世(うつしよ)ってのは、そりゃあ怖い所だ。

 人間は寄ってたかって鬼を叩く。殴るわ蹴るわで、オマケに角だって引っ張られるんだ。絶対に現世に行っちゃなんないよ。


 特に如月(きさらぎ)

 如月の月は、身が縮こまるほど恐ろしい目に遭うからね。


 だからどうか、行っちゃあいけないよ。




※ ※ ※




「ひ、っひく……」


 子鬼は身をまんまるくして泣いていた。

 深い森の、大きな木の(うろ)の中だ。


 あちこち殴られ蹴られた身体は、痣だらけの血だらけ。

 その上自慢の二本角には、固い芋が刺さったままだ。

 意地悪な人間が、「いらない鬼っ子には芋角が似合う」と笑いながら刺したのだ。


 悔しい。

 子鬼はいらなくない。ばばさまは毎日、かわいいかわいいと撫でてくれる。芋角なんてひどい。

 抜こうと一生懸命に引っ張ったけれど、抜けなかった。

 いつもはかっこいいのに、こんなのはかっこ悪い。


 拭っても拭っても溢れる涙を、擦り切れた手の甲でぐいと擦る。

 懐かしい人間の匂いや温もりは、子鬼をただ突き離しただけだった。


「ばばさまの言ったとおりだ……」


 ここは恐ろしい。


 山の動物は腹が減ってなければ襲いかかってきたりしないのに、人間は違う。腹が減っていなくても子鬼を引き倒して殴った。

 空が見えなくなるほどの影で囲んで、ひどい言葉を口にしながら殴った。


「うぅ」


 身体中が痛い。

 言いつけを破った子鬼が悪いのかもしれない。けれども、もっとずっと、人間の方が悪い。

 芋を刺して、山を指して、おまえの(おっか)さんはあそこだと笑った。


(だいきらいだ、こんなところ)


 早く帰りたい。

 でも、傷だらけで帰ったらばばさまが心配する。

 だから身を丸め、立てた両膝を片手に抱える。


 子鬼は掴んだものをひとつ撫でた。

 腹は減っていない。

 じっと見てから、噛み砕く。


 鬼は強い。

 このくらいの傷はすぐに癒える。

 癒えたら、山のもっと奥の奥。

 人間が知らない山神の袂から、(かく)り世へ帰ろう。


 ──鬼は、外。


 閉じた瞼の裏に、嫌な声が木霊する。

 石を投げつけながら叫んだのは、人間の子どもたちだった。


 鬼っ子は手が悪い。

 鬼は口が悪さする。

 やっつけろ、やっつけろ。

 喰われたくなきゃ石投げろ。


 笑い声の混ざったその歌が、耳にこびりついて離れない。

 聞きたくなくて、両手でぎゅうとトンガリ耳を押さえつけた。

 刺さったままの芋の重みに、顔が勝手に下を向く。


 剥き出しの足を撫でるのは、冬の風だけ。

 狭苦しい(うろ)に満ちるのは、馴染んだ匂い。


 しばらくそうしていたら、山はしんと静まり返って暗くなった。

 まんまるの月を背負った、長細い影が子鬼の足元を引っ張る。


 ゴシゴシと涙を拭う。

 ばばさまの優しい声が子鬼を呼んだ。


 子鬼や、子鬼。

 迎えに来たよ。

 ほうれ、ばばの手をお取り。


「ばばさま」


 泣きすぎて嗄れた喉で返した。

 (うろ)から這い出て、一本角の影へと両手を伸ばす。

 冷たい影に包まれた子鬼の角から、芋が抜け落ちる。


 哀れで愛しい半端な子。

 おまえにはばばしかいないんだよ。


 子鬼はただ、人間の(おっと)さんに会いたかった。

 ずっと昔の節句のこの日に、現世(うつしよ)に行ったきり戻らなかった(おっと)さんに。

 (おっと)さんを探しに行った、(おっか)さんに。


 そうさ。

 ばばと還るんだ。

 ずっと、ずうっとね。


 ばばさまの声が夜に沈んでいく。

 子鬼はようやく安心して目を閉じた。


 月に照らされた細長い影が揺れる。

 子鬼が背にしていた(うろ)の奥で、穴の空いた小さな丸が転がり落ちる。抜け落ちた芋と並んだそれに、角はない。


 口と両手を染めた子鬼に、ばばさまは、ああと呟いた。

 腹が満たされた子鬼の傷が癒えていく。


「ばばさま、あのね」


 痛みがすっかり消えた子鬼は思い出した。

 優しい優しいばばさまを見上げる。


「ぼく、もうひとりじゃないんだよ」


 (おっと)さんが子鬼にくれた、宝物はここにある。

 (おっか)さんを木の根に埋めて、子鬼から取り上げた。

 だからこれはその代わり。

 (おっと)さんの匂いを半分持った、子鬼によく似た宝物。


「ぼく、ほんものになったんだよ」


 そうかい。

 ……そうかい。


 にこにこと腹を撫でる子鬼に、ばばさまは短く頷いた。


 おまえは、選んじまったんだねえ。

 それなら何処か、遠くとおくへ行こう。

 現世(うつしよ)(かく)り世も、如月の鬼にゃあ冷たいからねえ。


 ばばがおまえを、袂に隠してやろうねえ。


 その手が震えているのを不思議に思う内、意識はまんまるく、闇に呑まれた。




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