番外予備校
明るい日差しが入る教室で一人の男性が話している。
「ここは我が近道予備校の中の番外、番外予備校です。ようこそ、みなさん、初めまして。私は間宮、ここの責任者です」
「おはようございます。よろしくお願いします」
予備校生たちが頭を軽く下げた。
間宮先生が続けた。
「ここは近道予備校の番外として、大学受験しない人も通える予備校として、皆さんに学習してもらうというコンセプトでできた予備校です。
大学受験で失敗して、ずっと辛いままの人や、大学に行きたかったけれども何らかの事情により行けなかった人、もしくは実際に近道予備校に通っているけれども、精神的に煮詰まっている人など、だれでも予備校生として発散してもらえる場としてできました。
本当に大学受験を考えている人もいない人も、『大学を目指して頑張っている』という気になって精神の安定を図ろうとしている予備校です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします」
予備校生たちが声をそろえた。
「みなさん、それぞれ自己紹介してもらいましょう、左端の君、野球少年みたいな君から順にどうぞ」
「阿川です。僕は近道予備校の本科生なんですが二浪目です。法学部目指してます。野球少年ではないんですが髪を洗う時間も惜しくて坊主頭にしました。それなのにまた落ちてしまって……、もう辛くてどうしたらいいかわからなくなって、ここに来ました。よろしくお願いします」
「いつでも本科に戻っていいからね、楽しく勉強しましょう」
「はい、ありがとうございます」
「次、金髪の君」
「はい。石田翔太っす。二十七歳。高卒で飲食店で週五で夕方働いてるっす。なんとなく受験生の気分を味わいたくて来ました」
「今度お店を紹介してくださいね。次、スーツの君」
「神戸春樹です、僕は不動産会社に務めてます。水曜日お休みなので来ました。でも夕方にお客様を案内しなくてはいけなくてスーツで来ました。僕も高卒です。大卒のやつ、あ、失礼、大卒の人より仕事ができると思うのに、大卒の人に追い抜かされて悔しくて来ました。でも勉強嫌いだし、大学入ったやつらは、勉強頑張ったんだと思うとやっぱり負けてるのかとか、精神的にモヤモヤしてたまらんのです。だから雰囲気だけでも大学目指してる気分を味わって、発散したいです」
「そうか、社会人は実績が一番だよ。頑張れ。次はまた前からどうぞ」
「上野茉莉です。大学か看護学校に行きたかったのにいけなかったのでここに来ました。いきなり本科は無理なので、一から勉強したいなと思っています。先生よろしくお願いします」
「はい、頑張ってね。中学生の英語からやって大学行った人もいますよ。頑張れ」
「じゃ次、眼鏡の人、見えにくかったら前に来てくださいね」
佐藤「大丈夫です。ありがとうございます。私は佐藤と申します。英語が得意で高三のときは津田塾に行きたかったんです。でも、無理だったんです」
「ああ、でしょうね」
と、阿川。
「あ、失礼ね。こう見えても私、地方の国立大ですけど現役で入って四年で卒業してるんですよ。今は仕事は辞めて、もっぱら家事担当ですけど」
「そうなんですか」
他の予備校生たちは驚いたように佐藤を見た。でもなるほどと思っているような人もいた。
「阿川さん、他のみんなも、ここでは人に失礼なことを言ってはいけません。ここは心の安定・安らぎを得るための場所です。阿川さんも二浪のこと言われたら嫌でしょ。佐藤さんも、『現役で』を、強調しなくてもいいですね」
「はい」
と佐藤。
阿川は
「でも、やっぱり無理でしょ」
「やっぱり無理、って何っ!」
「いや、なんでもないです」
急に戸が開いて背の高い若い男が入ってきた。橘だ。
「遅れてすみません、今日の資料です」
「ああ、急にコピーを頼んですまなかったね。ここのサポーターの橘君だ。去年近道予備校で一年間勉強して今年大学生になった先輩だ。困ったことがあれば彼に相談してくれたらいい」
「橘亮太です。ここは年齢性別仕事などいろんな人が、来られていると聞いています。僕でお役に立てることがあれば全力で頑張ります。よろしくお願いします」
上野が小さく叫んだ。
「うわあ、めっちゃイケメン!」
「ほんとだあ」
佐藤も急に笑顔になった。
「ありがとうございます、よく言われるんですよ」
みんな笑って、急にその場が明るくなった。
「早く大学生になりたいんですが、先生、大学って楽しいですか」
阿川が坊主頭をなでながら聞いた。
「まあそれはね。高校までと違って自分の好きな勉強ができるからね」
「今年はもっと頑張ります」
スーツ姿の神戸が
「僕は頭が悪いんで大学生にはとてもなれそうにないんですが、建築士を目指してる予備校生をしてみたくて来たんです」
と、続けた。
「じゃ俺はいっそのこと医学部を目指してる予備校生しようっと。金髪の医者って、ちょっとかっこよくね?」
と石田。
ワンピース姿の上野は
「私は本当に看護師になりたいんです。本気なんですよ」
「じゃあ、さ、俺が医学部入ったら、上野さんも看護学部のお友達連れてきてよ、ほんで合コンしよ」
「僕も仲間に入れてくれよ、未来の一級建築士のイケメンそろえて行くからさ」
「うわあ、楽しそう」
上野が胸の前で手をたたいた。
佐藤も同じように手をパチパチしながら言った。
「本当に、わくわくするね」
「いいですね。みんな夢があって」
間宮先生も笑顔だ。
「津田塾の才女もたくさん来るかな」
佐藤を見ながらいじわるそうに阿川が笑った。
無視するように佐藤は橘に言った。
「橘先生はどこの大学ですか」
「僕ですか、中央大学です。将来は弁護士を目指しているんですが、まだ一年生なので……」
「わあ、いいなあ、中央大学の法学部に行けば橘先生がいるんだ」
上野もうれしそうだ。
「本当にそうね」
「そうですね、同じ大学だったら、どこかでお会いするかもしれないですね」
間宮先生がニコニコしながら会話に入ってきた。でも橘は、
「大学は広いからねえ、同じ大学ってだけではなかなか会えないかもしれないですね」
佐藤が急に真顔になって、言った。
「私、本気で中央大学目指そうかな」
上野も続けた。
「私も、看護学校じゃなくて中央大学、……でも看護学部ないし、学力も……。やっぱり無理だあ」
「私は行ける。だって去年まで進学校の教師してたから、本気出せば絶対に受かる」
と、佐藤が断言した。
「そうなんだ、すごい」
みんな驚いたように佐藤を見た。
「橘先生、来年、絶対に中央大学の法学部に入ってみせます。ご指導よろしくお願いします」
「え、ああ、ハイ……」
戸惑いながら橘が答えた。
間宮先生が言った。
「佐藤さん、橘君は弁護士を目指すグループにも入るらしいから、そこに行けばいつも会えるね」
「ちょっと、間宮先生……」
橘が困ったように間宮先生を見た。
佐藤が真剣な顔で言った。
「橘先生、私本気で勉強します。そして先生を目指して同じ大学の同じゼミにも入ります。入学したらご挨拶に伺いますので、よろしくお願いいたします」
みんなは驚いたようにその決意を聞いていた。が、本気だとわかると、橘がどう反応するんだろうという目で橘と佐藤を見ながら言った。
「佐藤さん、頑張れ」
「頑張ってね」
「橘先生だったらきっとよくしてくれるっす」
「本当になったらいいですね。私も応援しますよ。番外予備校から大学合格者が出たらうれしいことです」
間宮先生も微笑みながら言った。
橘だけは、戸惑って言った。
「でも、そんなこと言っても……」
佐藤が言った。
「橘先生は、『僕でお役に立てることがあれば全力で頑張ります』っておっしゃったじゃないですか」
「それはそうですが」
「大学で橘先生に会ったら『先生、津田塾には行けなかったけど、こっちに来ました。よろしくお願いしまーす』ってみんなに宣言するの。で、つきっきりで指導してもらうんだ」
「そんなこと言われましても……、あの……」
橘はうろたえて続けた。
「それだけは勘弁してくださいっ!」
若い橘は、六十六歳男性の佐藤に深々と頭を下げた。
行きたい大学にいろんな事情で行けなかった人を癒してくれる予備校があったらいいなあ、と思って書き始めました。
読んでくださってありがとうございます。




