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無光の監獄

闇咲家の本拠地、地下深く。

そこには「常闇とこやみ」と呼ばれる、一切の光源を呪術的に遮断した巨大な空洞があった。

主人公・れいは、その中心に立たされていた。

「ここでは、眼はただの飾りだ。いや、むしろ邪魔なノイズでしかない」

暗闇のどこからか、闇咲幽玄ゆうげんの冷徹な声が、反響を伴って降ってくる。

零の視界は、もはや「黒」ですらなかった。

光が一切存在しない空間では、脳が補完する色さえも奪われ、ただ底知れない「虚無」が網膜を押し潰してくる。

「影に潜む者は、世界を『気配の重み』で視る。

いいか、零。

影とは光の不在ではない。そこにあるのは、光に焼き出された『怨念の沈殿』だ」

零の心臓が、耳元で鐘のようにうるさく鳴り響く。

自分の呼吸の音さえも、この静寂の中では巨大な異物だった。恐怖が、冷たい蛇のように背筋を這い上がる。

ヒュン、という微かな空鳴り。

零が反射的に首を傾けると、直後に頬を鋭い熱さが走った。

遅れて、生温かい液体が顎を伝い落ちる。

「……っ!」

声を出せば、そこを狙われる。零は必死に口を突き出し、荒い息を殺した。

だが、そこには「何か」が触れた感触が一切ない。

風を切る音はしたが、物体が通り過ぎた気配がないのだ。

「無駄だ。貴様は『物』を探している。だが、我らが放つ影の刃に質量はない。

探すべきは『光の欠損』、そしてそこにある負の重力だ。それを掴めなければ、次で首が飛ぶぞ」

次々と襲いくる、見えない、そして「存在しない」刃。

零の体は数分のうちに数十箇所の切り傷を刻まれ、失血と極限の緊張で意識が朦朧とし始める。

暗闇の中で、自分が立っているのか、あるいは宙に浮いているのかさえ分からなくなる感覚。

(……死ぬ。ここで、あいつ(土蜘蛛)に復讐もできずに、ただの練習台として、この暗闇に溶けて消えるのか……?)

意識が遠のく中、脳裏にあの「祭りの夜」の光景がフラッシュバックした。

土蜘蛛の脚に貫かれた彩。彼女の純白の神格が、あのおぞましいあぎとに咀嚼される音。

そして、最後に自分を呼んだ、かすれた声。

(彩……。お前を食ったあいつらは、こんな暗闇よりも、もっと冷たくて、もっと重かった……!)

零の中で、恐怖が猛烈な「殺意」へと爆発的に変換される。

その瞬間、彼の中で眠っていた「無色の妖力」が変質した。

民間人特有の「散った力」が、復讐心という一点の特異点に収束し、周囲の空気を凍りつかせるほどの冷気を放つ。

零の感覚が、不自然なほどに研ぎ澄まされた。

不意に、右背後の空間が「粘りつくような違和感」を持って膨れ上がるのを感じた。

それは音でも光でもない。周囲の空気がそこだけ「死んでいる」ような、絶対的な断絶。

(そこだ……!)

零は迷わず、その「虚無」に向かって右手を突き出した。

バキィッ! と、物理的にはありえないはずの硬質な衝撃音が暗闇に轟く。

零の掌の中には、黒く脈打つ「影の氷」のような刃が、ミシミシと音を立てて握りしめられていた。

本来、影は掴めるものではない。しかし、零の妖力がその影に「実体」を強制し、それを力ずくで捕らえたのだ。

「……ほう、本当に掴んだか。それも、力技で」

幽玄が指を鳴らすと、広間に微かな灯火が灯った。

驚くべきことに、零が掴んでいた影の刃は、彼の掌から溢れ出した「無色の力」に侵食され、先端からパラパラと灰のように崩れ落ちていた。

影を操作し、その性質を利用する闇咲の術理に対し、零の力は影そのものを「無」に帰し、消滅させていた。

「掴むだけではないな。貴様の力は、闇咲の術さえも食い破るか。……面白い」

幽玄の瞳に、初めて一人の「戦力」として零を見る、不気味な光が宿った。

零は血まみれの手を強く握りしめ、幽玄を睨み据えた。その瞳には、もはや民間人の怯えはない。

「……次だ。次は何をすれば、あいつを殺せる」

「……いい目だ。ならば次は、その掴んだ影を自分の体内に取り込め。肉体を影に変え、空間を飛び越える『影転生かげてんせい』の基礎だ。……失敗すれば、貴様の魂は二度と肉体に戻れず、永遠に影の中を彷徨うことになるがな」

零は迷わず、暗闇の奥へと一歩踏み出した。

復讐の第一歩は、まだ始まったばかりだった。

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