赫の理
大地が、焦げていた。
空気が重い。
息を吸うだけで、肺が焼けるような熱。
「……ここが焔堂だ」
炎真が歩きながら言う。
目の前に広がるのは、山。
だが普通の山ではない。
至る所から炎が噴き上がり、地面は赤黒く焼け爛れている。
岩は溶け、空気すら揺らぐ。
クロウが顔をしかめた。
「環境からしておかしいな」
炎真が笑う。
「ここじゃそれが普通だ」
零は黙って前を見ていた。
(……圧が違う)
闇咲とは真逆。
隠れる場所がない。
逃げ場もない。
ただ、真正面からぶつかるしかない場所。
それが――焔堂。
しばらく進むと、人影が見えた。
巨大な岩の上。
腕を組み、座っている男。
筋骨隆々。
全身から熱気が立ち昇っている。
炎真が軽く手を挙げた。
「よう、親父」
男がゆっくり目を開ける。
鋭い視線が、零を貫く。
「……外の匂いがするな」
低い声。
それだけで空気が震える。
炎真が顎で示す。
「闇咲のガキだ」
「鍛えてやってくれ」
沈黙。
男はゆっくり立ち上がる。
地面が軋む。
「名は」
零が答える。
「零」
男は一歩踏み出す。
ドン――
その一歩だけで、地面が沈む。
「ここは焔堂だ」
「理屈はいらん」
次の瞬間。
消えた。
「――ッ!?」
気付いた時には、目の前。
拳が振り抜かれる。
ドゴォン!!
零の身体が吹き飛ぶ。
岩に激突。
粉砕。
「がはっ……!」
息が詰まる。
だが――
速い。
重い。
そして、迷いがない。
男は言う。
「これが“力”だ」
零は立ち上がる。
ふらつきながら。
炎真が後ろで笑う。
「歓迎だ」
クロウが呟く。
「手加減なしだな」
零は前に出る。
(……避けるな)
本能がそう言っている。
だが同時に、理解する。
(避けても意味がない)
あの速度、あの圧。
逃げても追いつかれる。
なら――
踏み込む。
次の瞬間、拳が来る。
ドン!!
正面から受ける。
「ッ……!!」
腕が軋む。
骨が悲鳴を上げる。
だが、止まる。
ほんの一瞬だけ。
男の目がわずかに動く。
「ほう」
零はそのまま拳を返す。
神気を一瞬だけ重ねる。
ドォン!!
だが――
ビクともしない。
男はそのまま殴り返す。
ドゴォン!!
零の身体が地面に叩きつけられる。
土が舞う。
沈黙。
炎真が笑う。
「通らねぇだろ」
クロウが言う。
「差がありすぎる」
零は立ち上がる。
膝が震えている。
(……通らない)
神気を使っても。
意味がない。
男が歩み寄る。
「軽いな」
「覚悟も、力も」
零の中で何かが揺れる。
(軽い……?)
男が言う。
「お前は“当てる”ことしか考えていない」
「だが焔堂は違う」
一歩踏み込む。
「“潰す”」
ドン!!
拳が振り下ろされる。
零はとっさに腕を出す。
バキッ
骨が折れる。
「ッ!!」
だが男は止まらない。
「避けるな」
「考えるな」
「押し切れ」
連撃。
ドン、ドン、ドン!!
一撃ごとに地面が沈む。
零の身体が削られていく。
クロウが小さく言う。
「……やばいな」
炎真は笑っている。
「いいね」
「やっと始まった」
零は地面に倒れる。
呼吸が乱れる。
視界が揺れる。
(……潰す)
その言葉が残る。
今までの戦い方。
当てる。
読む。
隠れる。
全部、違う。
焔堂は違う。
(……押し切る)
零はゆっくり立ち上がる。
折れた腕を無理やり戻す。
音が鳴る。
男がそれを見る。
「まだ立つか」
零は構える。
呼吸。
吸う。
吐く。
隠影息。
そして――
踏み込む。
ドン!!
今度は自分から。
神気を使う。
だが重ねない。
流す。
一瞬だけ、全身に通す。
拳を振る。
ドォン!!
空気が震える。
今までより重い一撃。
男がそれを受ける。
――ピシッ
わずかに。
ほんのわずかに。
男の足元の地面が割れた。
沈黙。
炎真の目が細くなる。
「……おい」
クロウも気付く。
「今の」
男が笑った。
初めて。
「なるほど」
「やっと“触れた”な」
零の呼吸が荒い。
だが目は死んでいない。
(……これだ)
まだ足りない。
だが方向は見えた。
男が拳を構える。
「だが――」
その圧が一気に上がる。
空気が焼ける。
「まだ弱い」
ドォン!!!
次の一撃が迫る。
零は動く。
真正面へ。
逃げない。
避けない。
ぶつかる。
焔堂の理に――踏み込む。
物語は、赫の深淵へと沈んでいく。




