凍てつく先の希望
邪仏の前で、空気が凍りついていた。
重圧。
呼吸すら重い。
それでも零は、一歩踏み出す。
「……行くぞ」
クロウが低く笑う。
「無茶すんなよ。“返される”ぞ」
零は短く答える。
「わかってる」
次の瞬間――踏み込んだ。
ドン!!
地面が砕ける。
零の拳が一直線に邪仏の胴へ叩き込まれる。
だが――
バチィン!!
衝撃が“逆流”した。
「ッ!!」
零の身体が弾き飛ばされる。
壁に叩きつけられ、石が崩れ落ちる。
邪仏がゆっくりと首を傾げた。
『愚カ……』
『同ジコトヲ、繰リ返スカ』
零は血を吐きながら立ち上がる。
「……チッ」
クロウが影を走らせた。
シュンッ!!
影の刃が邪仏の腕を切り裂く――はずだった。
だが。
バチィン!!
クロウの身体が逆に弾かれる。
「ぐっ……!」
着地して舌打ちする。
「物理も妖力も関係なく反射かよ……!」
邪仏が腕を振るう。
空間が歪む。
次の瞬間、見えない衝撃が飛ぶ。
ズドォン!!
地面が抉れ、二人が同時に跳ぶ。
クロウが叫ぶ。
「近距離はダメだ! 一撃ごと返される!」
零は低く答える。
「距離取っても同じだ」
再び踏み込む。
今度はフェイント。
拳を振るう直前で止め、足払い。
だが――
バチィン!!
蹴りの衝撃がそのまま返る。
零の脚が大きく弾かれ、バランスを崩す。
邪仏の腕が迫る。
「っ!」
クロウの影が割り込む。
ドン!!
影が潰されるが、その隙に零が離脱する。
クロウが息を吐く。
「全部“同質”で返してるな……」
零は呼吸を整える。
吸う。
吐く。
隠影息。
世界が静まる。
邪仏の動きが、音として流れ込む。
だが――
(……ダメだ)
見えているのに、当てられない。
当てた瞬間、返される。
零が呟く。
「完全な反射じゃない」
クロウが目を細める。
「何か見えたか?」
零は邪仏を睨む。
「“溜め”がある」
クロウが気付く。
「……ああ」
邪仏の身体。
ひび割れた隙間から、黒い光が脈動している。
攻撃を受けた瞬間、一瞬だけ強く光る。
クロウが言う。
「吸って、返してる」
零が頷く。
「間がある」
だがその“間”は、ほぼゼロに近い。
人間の反応では届かない。
邪仏が口を開く。
『解析……終ワリ……』
六本の腕が同時に構えられる。
『終ワラセテヤル』
空気が震える。
クロウが叫ぶ。
「来るぞ!」
次の瞬間――
全方位から衝撃が襲う。
ドォォォォン!!
地面が爆ぜる。
零は跳ぶ。
だが完全には避けきれない。
肩に衝撃が直撃する。
「ぐっ……!」
吹き飛ばされながらも、無理やり体勢を整える。
クロウも後方に滑る。
「クソ……!」
邪仏が迫る。
圧倒的な質量。
速度。
そして反射。
零の呼吸が乱れる。
だが――
止める。
吸う。
吐く。
強制的に整える。
(……落ち着け)
炎真の声が頭をよぎる。
――身体で叩け。
クロウの言葉も重なる。
――内側で練れ。
零は目を閉じた。
一瞬だけ。
その間に、邪仏の腕が振り下ろされる。
クロウが叫ぶ。
「零!!」
だが――
零は動かない。
そして。
ギリッ
直前で、最小の動きでかわした。
風圧だけが頬を裂く。
零の目が開く。
「……見えた」
クロウが息を呑む。
「何をだ」
零はゆっくり構える。
「“全部”じゃない」
邪仏の反射。
完璧ではない。
“同じ強さ・同じ性質”で返している。
つまり――
「変えればいい」
クロウがニヤリと笑う。
「性質を、か」
零が拳を握る。
体の奥で、新しい力が脈打つ。
妖力とも違う。
だが確実に“混ざっている”。
零が低く呟く。
「叩くだけじゃダメだ」
一歩踏み出す。
「混ぜる」
邪仏が腕を振り上げる。
『無駄ダ』
零は構える。
呼吸。
吸う。
吐く。
隠影息。
そして――
体の内側で“何か”を重ねる。
衝撃と、流れと、熱。
すべてを一つに。
クロウが呟く。
「……なるほど」
邪仏が迫る。
零も踏み込む。
拳が交差する直前――
零の口元がわずかに歪んだ。
「――掴んだ」
その瞬間。
戦局が、わずかに傾いた。




