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10/21

くすぶり、揺れ、輪をくぐる

闇咲家の地下に響いた咆哮は、長く尾を引く地鳴りとなって消えていった。


薪割り場に沈黙が落ちる。


零はしばらく斧を握ったまま動かなかった。

やがて、ゆっくりと息を吐く。


「…………」


隠影息。

クロウが教えた呼吸を、静かに繰り返す。


吸う。

世界が広がる。


吐く。

世界が静まる。


風の揺れ。

灰の落ちる音。

遠くで湯が沸く微かな振動。


すべてが「音」として、零の身体に流れ込んでくる。


(……見える)


目を閉じたままでも、周囲の位置がわかる。


背後で見張りの門下生が足を組み替えた。

土の擦れる音。


零は斧を振るった。


ドンッ!!


薪が真っ二つになる。


「……ッ!?」


門下生が驚く。


「な、なんだ今の速度……」


三日前とは別人だった。


零は答えない。

ただ次の薪を置く。


振る。


割れる。


振る。


割れる。


呼吸と斧が完全に一致していた。


その時だった。


コツン。


階段から、靴音が響いた。


地下の煮炊き場に似つかわしくない、ゆっくりした足取り。


見張りの門下生が振り向く。


「だ、誰だ」


闇の奥から現れたのは、長い黒髪の男だった。


年は二十代前半。

白い和装の上に、深紅の羽織。


そして胸元には、深淵の紋。


門下生の顔色が一瞬で変わる。


「ご、ご無礼しました……!」


男は軽く手を振った。


「いい。下がれ」


声は静かだが、逆らう余地がない。


門下生は慌てて退いた。


男はゆっくり薪割り場へ歩く。


そして、零の前で止まった。


「……ほう」


斧が振り下ろされる瞬間を、じっと見ている。


ドン!!


薪が砕ける。


男は小さく笑った。


「なるほど。噂通りだ」


零は振り向かない。


しかし呼吸が一瞬だけ乱れた。


男は名乗る。


「焔堂家、三男」


焔堂えんどう 炎真えんまだ」


五大深淵の一角。

焔堂。


炎と戦争を司る血族。


その三男が、なぜこんな場所にいるのか。


炎真は薪を一つ拾い上げる。


軽く叩く。


「妖力がないのに、音で世界を読んでいるか」


「面白い」


零は斧を止めた。


ゆっくり振り向く。


その瞳は、完全な殺意だった。


炎真は気にした様子もない。


むしろ楽しそうだった。


「その目」


「いいな」


「殺す目だ」


沈黙。


炎真は続ける。


「中央管轄の王が動いた」


「知ってるな?」


零の拳がわずかに震える。


炎真は肩をすくめた。


「俺もあいつは嫌いだ」


「世界を壊すのは勝手だが、順番がある」


「まだ俺たちの遊び場なんでね」


炎真は薪を放り投げる。


「零」


初めて名前を呼んだ。


「妖力が戻るまで八十五日?」


「遅い」


炎真は笑う。


「世界は三ヶ月も待たない」


炎真の指が、零の胸を軽く叩く。


トン。


その瞬間。


零の身体の奥で何かが震えた。


熱。


まるで炭の奥に残る火種。


炎真はニヤリと笑う。


「安心しろ」


「妖力じゃない」


「もっと原始的な力だ」


炎真は背を向ける。


階段へ歩きながら言った。


「明日から俺が鍛えてやる」


「五大深淵流でな」


見張りの門下生が震える。


五大深淵の直系が、直々に訓練。


ありえないことだった。


炎真は最後に振り返る。


「ただし条件がある」


零は睨む。


炎真は楽しそうに言う。


「その王」


「殺すときは」


「俺も混ぜろ」


静寂。


地下の空気が、ゆっくり震える。


零は何も言わない。


ただ。


斧を握る手が、わずかに強くなった。


呼吸。


吸う。


吐く。


隠影息。


そして、その奥で。


炭のようにくすぶる「炎」が、わずかに灯り始めていた。

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