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四.後悔と祈り

 医官の診断は、芙澤(ふたく)の想像通りに、懐妊に間違いないということだった。時期も、最後に(とぎ)をした時から矛盾はなく、彼女は正式に皇帝の子を身ごもったと結論づけられた。



 二年越しの悲願に、呆然とする芙澤を他所(よそ)に周囲は大きく沸いた。彼女は症状が重い体質であったのか、最初に倒れて以降、激しい嘔吐と頭痛に間断(かんだん)なく襲われ、寝台から動くことも出来ないでいる。昭瑶(しょうよう)のもとに行かなくてはと気ばかりが焦り、食事が摂れず、それが更に悪循環を生んだ。


 やつれていく芙澤に、侍女は涙を流して食事をするように懇願した。彼女に強制的に身体を起こされ、滋養のある粥を無理矢理口に流し込まれなければ、芙澤の生命も危なかっただろう。


 為す術もなく月日は過ぎ、惰性(だせい)のように食事と睡眠を(むさぼ)る日々が続く。それでも侍女の献身の成果か、腹の子は順調に育ち、芙澤はついに産み月を迎えた。


 出産の最中、芙澤は何度も気を失いかけた。容赦なく産婆に頬を叩かれ、正気を取り戻しては襲い来る激痛に悲鳴を上げる。側に控えて懸命に芙澤の汗と涙を拭う侍女も、心痛で今にも倒れそうな顔をしていた。

 早朝に始まったお産は翌日の明け方にまで及び、ようやく産屋(うぶや)に赤子の泣き声が響き渡った瞬間、芙澤は安堵と疲労で意識を失った。




 母を散々に苦しめて産まれたのは、丸々と太った男児だった。




 こんこんと眠り続け、三日後にようやく意識を取り戻した芙澤は、痩せ細った腕で我が子を抱いた。

 子は間違いなく愛おしい。その重みに心が震える。けれど、素直に喜びきれない。

 直近に産まれた皇帝の子は全て女児ばかりだったので、皇太子妃時代に皇后(ちょう)氏が産んだ第一皇子、(おう)雅妃(がひ)が産んだ第二皇子に続く、久しぶりの男児の誕生に、国中が熱狂していた。困惑する芙澤をひとり、輪の外に置き去りにして。




 一度だけ、世話役を担う侍女に促されて、義理の娘となった昭瑶(しょうよう)が見舞いに来てくれた。喜びかけた芙澤だったが、昭瑶のあまりに虚ろな様子に、震える腕で養娘(むすめ)を抱き締めることしか出来なかった。芙澤の腕の中で、昭瑶は無言を貫いていた。



 母を亡くしたあと、義理の母となったはずの芙澤は、八か月余りも昭瑶との時間を作ることが出来なかった。その間に彼女の心が完全に閉ざされてしまったことを察し、芙澤は罪悪感に押し潰されそうになるのを懸命に堪えていた。





 芙澤(ふたく)の産後の回復は思わしくなく、産まれた息子も母の腕を求めて、ひたすらに泣き続けた。音を上げた乳母からその身体を抱き取ると、息子は何とか落ち着いて眠るのだが、目を覚ました時に母がいないと、また火がついたように泣き叫ぶ。芙澤は昭瑶(しょうよう)に気がかりを残したまま、息子にかかりきりになってしまった。


 数年が経過し、ようやく息子が手から離れた頃には、昭瑶との間の溝は、最早修復不能なまでに広まってしまっていた。


 後宮の空気も、その頃にはどうしようもないほどに澱んでいた。後宮の妃たちを、飴と鞭で上手に束ねていた皇后の実家が、数年前から力を失い始めたのが原因だった。

 皇后の大伯父に当たる人物が老後の道楽で始めた商売が上手くいかず、方々に借金を重ねた。本家の跡取りである皇后の甥も、なかなか英玄試(えいげんし)及第(きゅうだい)出来ないでいることも災いした。皇太子の母として、立場は不動であるものの、皇后の発言力は低下しつつある。いまだ皇帝に重用される(おう)雅妃(がひ)も、とばっちりを恐れ、不用意に皇后には近づかなくなった。


 かつて皇后に表立って叱責されたことへの反感と、男児を産んだことで中級妃の最上位の媛儀に封じられた芙澤へのやっかみ。それらは、元々生母の身分が低く(あなどら)られがちであった昭瑶に向かってしまった。芙澤は懸命に声を張り上げ、王雅妃の皇女である昭琳(しょうりん)義娘(むすめ)を気に掛けてくれいたが、後宮に渦巻く悪意にはまったく歯が立たなかった。





 昭瑶がやがて、女子の成年である笄礼(けいれい)の儀を迎えた日。(あざな)を授けるために芙澤が呼び出した時も、彼女はただ黙って頭を下げるだけだった。重苦しい表情には何の感情も浮かんでおらず、その目は何も見ていないようだった。


 息子の様子を見に来た皇帝に、昭瑶──澄蘭(ちょうらん)の窮状を訴えても、「成人した皇女であるのならば、自分で解決すべきだ」と取り付く島もない。息子の将来を思えば、皇帝の意に反して、不用意な行動を取ることが出来なかった。






 そうして、何も出来ない自分に焦りだけを募らせる日々が続く中、ついにあの事件が起こってしまった。

 芙澤(ふたく)は三度、義娘(むすめ)を守れなかったのだ。


 澄蘭(ちょうらん)は、いわれのない罪で囚われた。義娘の無実を叫ぶ芙澤の声は、誰にも届かない。二月以上に及ぶ拘留(こうりゅう)の末、澄蘭と(おん)家の無実が確定した後も、芙澤は澄蘭に面会を許されなかった。


 婚約者を失い、無実とされたものの騒動の責任を取らされ、軟禁(なんきん)された義娘は、そのまま隣国へ嫁ぐことになったと聞かされた。芙澤の目の前が暗くなる。


 何とか一度だけでも面会をと訴える芙澤の元に、澄蘭から一通の文が届いた。久方ぶりに見る彼女の手蹟()は随分と大人びていて、騒動を起こしたことへの陳謝(ちんしゃ)と、養母と義弟の立場への気遣い、顔を合わせられないまま異国へ嫁ぐ不孝(ふこう)()びる文言が連なっていた。





 彼女の出立(しゅったつ)まで、あとわずかしかない。芙澤(ふたく)は奮起し、(おん)家子息との婚礼の日のために用意し始めていた衣装の刺繍(ししゅう)に取り掛かった。周囲が止めるのも聞かず、僅かな仮眠と軽食を挟み、何かに憑かれたように、芙澤は針を持つ手を動かし続けた。


 今度こそ、あの時こうしていれば、ああしなければと、後悔をしたくなかった。


 琴華(きんか)の力を借り、婚礼衣装は出立前夜、澄蘭(ちょうらん)に渡すことが出来た。ようやく会えた義娘(むすめ)の姿に胸が詰まって、伝えたいことの半分も言葉に出来ない。

 それでも長年のわだかまりが溶けたのか、義娘は彼女を抱き締めてくれた。


 かつて、芙澤の腕の中で虚無感に支配されていた瞳は、幼い日の輝きを取り戻していた。



 そして今朝、澄蘭は誰にも見送られずに国を()った。

 彼女の旅路を案じて、気を()み続ける芙澤に、琴華は呆れたように笑い掛ける。



「ちゃんと食べて、力を取り戻さないと。──いつかあの子が帰ってきた時に、元気な姿を見せなきゃ」



 芯の通ったその言葉に、芙澤の瞳はまた潤み出す。

 励ますように差し出された菓子を受け取り、芙澤は涙ながらに頷いた。


 琴華は、芙澤よりも遥かに年下とは思えないような落ち着きを(まと)い、芙澤をさり気なく気遣ってくれる。事件発生当時、誰もが澄蘭を悪く言う中でも、彼女は一度たりとも疑うさまを見せず、義娘の無実を信じる芙澤に寄り添ってくれた。その驚嘆(きょうたん)(あたい)する強さを、芙澤も見習わなくてはならない。


 いつだって、後悔は彼女に付き纏う。もっとこう言えば良かった、もっと早く会いに行けば良かったと。優柔不断(ゆうじゅうふだん)な自分が嫌になることも、未だに多い。


 けれどその後悔は、いつか義娘と再会する日まで忘れないでいようと、芙澤は思う。義娘を思いっ切り抱き締める、その日のために。





 人の生命は、信じられないほどに呆気なく失われる。それまで大きな病ひとつしたことのなかった蕙蘭(けいらん)が、突如この世を去ったように。冤罪(えんざい)による拷問の果てに、温父子(おやこ)が苦しみ抜いて命を落としたように。かつて出産の際、あとわずかに出血が多ければ目を覚ますことはなかっただろうと、芙澤が告げられたように。


 だからこそ、一瞬一瞬が尊いのだ。無駄にしてしまったのならば、全力で悔いた後に、それを取り戻さなければならない。





 今日も(さい)芙澤(ふたく)は、後悔に苛まれる。

 それは、彼女が自分の行動を振り返り、毎日に真剣に向き合った結果だった。


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