雷鳴ヶ淵【夏のホラー2025】
【雷鳴ヶ淵】ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
雷鳴が空を裂いた。
地の底から怒り狂うような轟音が沼の水面を震わせ、天と地とが一瞬、白くつながった。
「ここが……“雷鳴ヶ淵”か」
傘もささず、雨に打たれながら男子高校生の淳は呟いた。
祖母の家に預けられた夏休み。
地元では有名な“祟りの淵”に、淳は好奇心から足を運んでしまった。
かつてここで落雷に遭い、焼け焦げたまま見つかった女学生の霊が、いまも雷雨の夜に現れる――そんな話だった。
「ただの迷信でしょ」
そう笑った直後、背後でぐしゃりと音がした。
振り向くと、そこに誰もいなかった。
だが確かに、泥に足を沈めたような音だった。
一歩、また一歩、背後から何かが近づいてくる音。
だが、振り向くと何もいない。
沼の水面は、淳が見ている前で、まるで何かが這い出てくるように膨れ、泡立っていた。
そのとき、空が再び裂けた。雷光が目前に落ちる。
光の中に、焼け爛れた顔の女が、真っ直ぐにこちらを見て立っていた。
「……かえして」
その口がそう動いた気がした。
視界がぐにゃりと歪む。
鼓膜を引き裂くような雷鳴。
世界の音が消え、白い光だけが目を灼いた。
気づいた時、淳は地面に倒れていた。携帯は壊れていて、時間も場所もわからなかった。
ただ、右手の甲には黒く焼け焦げた手形がくっきりと残っていた。
家に戻ってからも、淳は“何か”に追われていた。
落雷の音がしない夜にも、耳元でパチ、パチ……と焼けるような音がする。
シャワーを浴びれば、浴室の鏡に女の顔が映る。
耳の奥で囁く声――
「……あたしを殺したのは、あんたたち」
やがて、祖母が淳の右手を見て悲鳴を上げた。
「それ……死んだアイツの焼き印だよ……!もう憑かれてる……!逃げられないよ!」
祖母は震える手で仏壇にすがり、なにかを唱えた。
だがそのとき、雷が家を貫いた。
瞬間、仏壇が吹き飛び、祖母の体が黒焦げになった。
その夜、淳は夢を見た。
焼け爛れた無数の顔が空から降ってくる夢。
「おまえも落ちろ」
「おまえもここにこい」
「おまえも、焼かれて、埋もれて、忘れられろ」
目覚めると、布団の中がずぶ濡れだった。
水ではない、ぬめりのある黒い泥。
その中から、あの女の焼け爛れた手がゆっくりと伸びていた。
「やっと、つかまえた」
淳は、二度と目を覚まさなかった。
翌朝、焼け落ちた祖母の家の中で、淳の姿はなかった。
ただ、床の一部が濡れており、泥と黒焦げの手形だけが残っていた。
その夜も、雷は鳴り続けた――まるで、誰かを裁くように。
【あとがき(読後の“呪い”として)】ーーーーーーーー
この話を読んだ“あなた”の部屋に、雷の音が聞こえたなら注意してください。
その音は、外ではなく……あなたの頭の奥で鳴っています。
次に光が走ったとき――鏡を見ないでください。
そこに映る顔が、本当にあなたの顔かどうか……もう分かりませんから。
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