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悪役令嬢として婚約破棄された私が家を飛び出したら、隣国の皇太子に一目惚れされて求婚されたけど、信じられず拒絶したら、代わりに皇太子が私の元家族と元婚約者を徹底的に滅ぼしてから婚約を申し込んできた件

作者: 結城斎太郎


「お前との婚約は破棄する」


その言葉を聞いたとき、私は心のどこかで安堵していた。


けれども、それを悟らせてはならなかった。私——セレナ・ヴァルファルドは、代々続く公爵家の嫡出令嬢。上流貴族の中でも特別な立場にある女。泣き叫び、縋るような真似をすれば、「ああ、やっぱり悪役令嬢らしい」と後ろ指をさされるだろう。


「そう。では、契約書類は王室に提出しておいて。次の舞踏会で公表されるのね?」


微笑みを浮かべながらそう答えた私に、婚約者であるレオン・ガルネア侯爵令息はわずかに眉を顰めた。


「本当に何も言わないのか?」


「ええ。望み通り、身を引くわ」


そしてその横で腕を絡める女。私の姉であり、家の期待を一身に背負ってきたリリス・ヴァルファルドが勝ち誇ったように笑う。


「だってセレナ、何も取り柄ないものね。魔法も剣術も成績も、すべて私より下。婚約者も、家も、あなたにはもったいないわ」


私はそれでも微笑みを崩さなかった。


心の奥底で、ひび割れていた何かが完全に壊れた音がした。


——今度こそ、本当に、すべてを終わらせる時だ。



---


その晩、私は何も告げずに屋敷を出た。


金貨が詰まった袋と、最低限の着替えだけを持って。


生まれて初めて、私は「自分のため」に決断したのだ。


辺境の森を抜け、山道を越え、日々食べるものにも困る生活だったが、どんな苦しみも、あの屋敷にいた時よりはマシだった。


そして数週間後、私は隣国アルストリアの国境で、倒れていたところを救われる。


「……貴女、大丈夫か?」


目を開けた瞬間、世界が金色に包まれた。


私を抱き起こしたその男の髪は、太陽のように輝く金。凛々しい顔立ちと、深い碧眼。その威厳に満ちた佇まいは、紛れもなく貴族、それも——


「私はリュシオン・アルストリア。隣国の皇太子だ」


嘘でしょう? どうして、こんな私を助けて——


「……そんな目をしないでくれ。私はただ、君を放っておけなかった」


私はその言葉を信じなかった。信じられなかった。


誰かが自分を必要としてくれるだなんて、今まで一度もなかったから。



---


リュシオン皇太子の庇護のもと、私はアルストリア王都の離宮で療養することになった。


彼は毎日のように訪れ、私の世話を焼き、優しく話しかけてくれた。


だが、私はずっと心に壁を築いたままだった。


「……どうして、そんなに私に構うのですか」


ある日、とうとう私は問いかけてしまった。


「私は、ただの悪役令嬢です。家族からも見捨てられ、婚約者にも裏切られた……何も持たない女です。そんな私を、どうして……」


リュシオンは真剣な眼差しで私を見つめた。


「君がどんな過去を背負っていようと、今この瞬間、君を大切に思う者がここにいる。それでは足りないか?」


「……足りません」


私ははっきりと首を振った。


「ごめんなさい。私は、愛される資格なんて、ないのです」


その日以来、リュシオンは何も言わなくなった。ただ、毎日花を贈ってくれた。庭に咲く一輪のバラや、野に咲く小さな花を。


私は、それを拒絶しながらも、心の奥では暖かさに溺れそうになっていた。


——だけど、私は愛されてはいけない。


愛など、すべて幻想。そう教えられて育ってきたのだから。



---


そして、ある日。


私はアルストリアの貴族たちの噂話で、信じられない話を耳にした。


「聞いた? 隣国ヴァルファルド家が没落したって」


「元婚約者のガルネア侯爵令息も、賄賂と横領で逮捕されたらしいわ」


「リリス嬢も、王宮舞踏会であんな大恥を……あれじゃもう、嫁の貰い手もないでしょうね」


私は血の気が引いた。


それはすべて、私の過去と繋がる人間たちだ。


そして、その裏にある影——アルストリア皇太子、リュシオン・アルストリアの存在を。


彼は言葉ではなく、行動で証明した。


私がどれだけ拒絶しようとも。


私のために、復讐を——すべてを、終わらせてくれたのだ。



---



「……貴方だったのですね。全部……」


私はリュシオン皇太子のもとを訪れ、問いかけた。


彼は私の顔をまっすぐに見て、何の嘘も隠しもなく答えた。


「ああ。私がやった」


「理由は?」


「君に手をかけた者たちに、報いを受けさせた。それだけだ」


その瞳は、怒りでも哀れみでもない、ただ静かな決意を湛えていた。


「君の家族と元婚約者は、君を傷つけ、踏みにじった。そんな者たちが何不自由なく生きていることが、どうしても許せなかった。……君が、自分のことを『愛される資格がない』と口にした時、私は決めたんだ。君の価値を、世界に証明してみせるって」


私の心が、音を立てて崩れた。


——ずっと、私は間違っていたのだ。


誰にも愛されなかったのではない。

ただ、私の周囲には、愛し方を知らない人間しかいなかっただけ。


私は、震える声で問う。


「……貴方は、どうしてそこまでしてくれるの?」


「決まっている。君を愛しているからだ」


私の目から、自然と涙があふれた。


初めてだ。


誰かに、こんなにもまっすぐに、愛を告げられたのは。



---


それから数日後、王宮で正式な婚約発表が行われた。


「アルストリア皇太子、リュシオン・アルストリアは、公爵令嬢セレナ・ヴァルファルドと婚約を結ぶことを、ここに宣言する」


セレナ・ヴァルファルド。

かつて悪役令嬢と蔑まれ、家族からも追われた女。


だが今は、アルストリアの民たちの前で、次期王妃として迎えられる存在となった。


舞踏会場は拍手と祝福の声で満ち、私の前には、玉座と隣り合う椅子が用意されていた。


そこに座っていいのだと、誰もが口々に言う。


リュシオンが私の手を取り、優しく囁く。


「ここが、君の居場所だ」


私はまだ少しだけ怖い。でも——


「……ありがとう、リュシオン。私を、見つけてくれて」



---


夜のバルコニーで、私は静かに夜風にあたっていた。


リュシオンが後ろから寄り添う。


「寒くはないか?」


「大丈夫よ」


「君は、やはり強いな」


「……そう思ってた? 本当はずっと怖かったのよ。愛されるのが」


リュシオンは少しだけ笑って、私の肩を抱いた。


「それなら、これから何度でも伝える。君は愛されている。私が、証明する。……何があっても、君だけを愛すると誓おう」


「本当に?」


「本当に。婚約も、王妃の座も、ただの形式だ。君に必要なのは、安心できる居場所だろう?」


私はその胸に顔を埋めた。


こんなにも、温かい。


こんなにも、穏やかで、優しい世界が存在していたのだ。



---


婚約後、私は王立教育院で再教育を受けた。


王妃としてふさわしい教養、礼儀、魔法や政治の基礎——すべてが必要だった。


だが、私は逃げなかった。

どれほど厳しい日々であっても、私は「逃げなくていい場所」を得たから。


何より、リュシオンが必ず夜に顔を見せてくれた。


「今日も頑張ったな」


「……褒めてくれるの?」


「当然だ。君はもう、王妃候補なのだから」


「でも、まだ正式な戴冠式は……」


「それでも、私の心の中ではもう、君以外に考えられない」


リュシオンの言葉一つで、私はどんな困難も乗り越えられる気がした。



---


ある日、かつての姉・リリスの姿を、遠く王都の外れで見かけた。


侍女として誰かの屋敷で働いているらしい。


声をかけようとは思わなかった。


ただ、彼女の背中は、小さく、弱く、哀れに見えた。


私は彼女を憎んでいた。でも今はもう、何の感情も湧かない。


リュシオンが全てを終わらせてくれたから。

私自身が、過去と決別できたから。



---


そして、戴冠式。


「本日より、セレナ・ヴァルファルドはアルストリア次期王妃として認められる」


大広間に響く宣言。


私は白銀のドレスをまとい、リュシオンの隣で、まっすぐ前を見つめた。


ざわめく声の中で、私は確かに感じた。


あの家の冷たい廊下で独り眠った幼い日の私が、今の私を見て誇らしげに微笑んでいるような気がした。


「セレナ」


リュシオンが私に手を差し伸べる。


「共に歩もう。この国の未来も、君という光が必要だ」


私はその手を、ためらいなく取った。


「ええ、共に行きましょう。これからは、貴方とならどこへでも」



---


エピローグ


あの時、すべてを捨てて家を出たあの日。


私は何も持たなかった。ただ、痛みと虚しさだけを背負っていた。


けれど今は違う。


私は、未来を持っている。

愛されていると知っている。

そして、誰かを愛する力を得た。


「——ありがとう、リュシオン。私に生きる意味をくれて」


彼は微笑む。私の、唯一の光。


私はもう、悪役令嬢ではない。


私は、次期王妃。

誰よりも強く、優しく、そして——幸せな女だ。



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