Episode8
事務所の中は棚から落ちたであろう書類やものが床に散乱していた。
ジャスパーの姿が見当たらない。
「ジャスパー!ジャスパー、いるか?」
カニルが叫びながら部屋の奥に進むと、床に倒れ込んでいるジャスパーをみつけた。
「ジャスパー!」
倒れてきたであろう金属の棚がジャスパーの右脚に覆いかぶさっており、身動きが取れなくなっているようだった。
「ジャスパー、大丈夫か、すぐどけてやるから待ってろ」
2人がかりで何とかその棚を脇によける。
「悪いな、助かったよ」
苦しそうに言うジャスパーに、僕は声をかける。
「立てますか?」
「ちょっと、無理かもしれない」
「俺たちが支えるんで、とにかく部屋の外に出ましょう」
僕たちはジャスパーの腕の下に体を入れて支え、なんとか抱き起した。
この様子だと、1人で歩くのは難しいかもしれない。
なかば引きずるようにして、事務所の外に連れ出す。
「お父さん!」
外に出ると、軽トラックから降りてきたベリルが、僕たちに走り寄ってきた。
「ベリル、ちょうどいい所に来た。ジャスパーが足を怪我していて自力で歩けそうにないんだ。車に乗せて、できるだけ早くポロスの方に向かってくれ。これから津波が来るかもしれない。ここにいたら危険だ」
「津波?そんなまさか」
頼むから今は俺たちの言うことを聞いてくれ。
カニルのいつになく真剣な様子に、ベリルが一度こくりと頷く。
僕とカニルは、ジャスパーを軽トラックの助手席に担ぎ込んだ。
「あなたたちは?これからどうするの?」
エンジンをかけながらベリルが僕たちに尋ねる。
「俺たちのことは気にしなくていい。俺は飛べるし、ラリーのことは、最悪、俺が担いで飛ぶ
ジャスパー、今牛舎にいる牛たちを放牧地に放してもいいか?牛舎の中にいるより外の方が多少安全だと思うんだ。牛舎は海に近すぎる」
ジャスパーの表情に戸惑いの色が浮かぶ。
僕は、ジャスパーが普段からどれだけ牛たちのことを気にかけているのを知っていた。
僕たちの身はもちろん心配しているだろうが、同じくらい、牛たちのことも心配なはずだ。
「頼むよ、許可してくれ、ジャスパー。時間がない」
「わかった…わかった、任せる。だがお前、まずは自分の命を最優先に考えろよ」
「ああ」
ジャスパーの許可を取ると、僕はすぐに牛舎に向かって走り出した。
「カニル!お前も手伝え!」
慌ててカニルも僕の後を追いかけてくる。
「気を付けて!」
背後からベリルの声が聞こえた後すぐに、車が走り去る音が聞こえた。
僕は牛舎に入るとすぐに、牛たちの出入りを阻んでいた柵を取り去った。
「カニル、牛たちの後ろに回って、大声をかけてやってくれ」
「わかった」
カニルは牛たちの中に入っていくことに一瞬戸惑っていたが、覚悟を決めたように柵の中に入った。
建屋の一番奥まで行くと、両手を叩きながら牛たちに前進するように大声で促す。
僕は出入り口で外に出ることを渋っている牛たちのわき腹を叩きながら、放牧地へ解放した。
最後の1頭が牛舎をでたのは、僕たちが牛舎についてから10分ほどが経ったころだった。
「ラリー、俺たちも早く逃げよう」
カニルが僕に声をかけたとき、再び地鳴りのような音が聞こえた。
僕たちは咄嗟に音がした海岸の方を振り返る。
暗くてはっきりとは見えないが、明らかに先ほどまでより近くに海岸線を感じる。
「これはヤバいかもな」
カニルがごくりと唾をのむ音が聞こえた。
僕たちはわき目も振らず、海から離れて都市の中央に向かって走り出した。