Episode7
僕が牧場に到着すると、事務所の外でジャスパーがタバコを吸っていた。
「おお、なんだ、忘れ物か?仕事後にここに来たことなんて今までないんじゃないのか?」
僕に気が付くと、タバコを吸っていた手を腰のあたりまで下ろし、灰を地面に落とした。
僕はどう説明するべきか迷ったが、結局、店で起きたことをそのまま話した。
「それで、カニルが今様子を見に行っているのか」
「はい、ベリルには僕が牧場に向かったことは伝えてあるので、カニルが何か情報を得ることができて店に戻ってくれば、ベリルに報告してくれると思います。必要があれば、そのまま僕たちの所にも来てくれるでしょうし」
なんにせよ、何か起きていたとしても、今俺たちにできることはないな。
ジャスパーが再びタバコを口につける。
僕は飛べない自分に少しだけもどかしさを感じていた。
「動物たちはどうですか」
牛舎の方を見てみたが、暗くてよくわからない。
「ああ、心配なら見に行ってみるか」
タバコを地面にこすりつけて火を消した瞬間、視界がぐらりと揺れ、よろめいたジャスパーが膝をついた
数秒の後、揺れが収まったのを確認すると、手のひらに付いた砂を払いながら立ち上がる。
「ここ数年、体がよろめくぐらいの規模の地震なんてなかったよな」
心なしか、ジャスパーの表情には緊張感が見て取れた。
そうですね。
火の消えたタバコを胸ポケットから取り出した吸い殻入れに入れる。
「お前、牛の様子を見たら早く帰れよ。この後また店に戻るんだろうが、明日も早いんだ。悪いが、念のためベリルにも今日は早めに店を閉めるように言っておいてくれるか」
「わかりました」
僕はそのまま牛舎の方に向かって歩き出した。
海岸が月の光に照らされてきらきらと輝いている。
光の具合のせいか、いつもより海が遠くに見えた。
月明りを頼りに牧柵を越えて牧草地に歩みを進める。
牛舎の中で牛たちが鳴いているのが聞こえた。
建屋を除くと、牛たちがそわそわとどこか落ち着かない様子で首を振っている。
僕は少しの違和感を胸に、牛舎を後にする。
何が起きているのかはわからないが、カニルと話をする必要があると感じていた。
情報を何か掴んでいるかもしれない。
僕が再び牧柵を越え、店に戻ろうとしたとき、夜空に何かきらりと光るものが見えた。
「カニル!」
僕が叫ぶと、カニルが僕のすぐそばに降り立ち、そのまま人型に戻ると地面に崩れ落ちるように座り込む。
「どうした?大丈夫か?」
僕はしゃがんで様子を伺う。
「ああ、悪い。大丈夫だ、ちょっと急いできたから、疲れただけだ」
カニルの額には汗がにじんでいた。
「何かわかったのか?」
息を整えているカニルに急かす様に問う。
「ああ、それが、地震がきて、その後に津波がくるんだって」
カニルが自分の胸に手を当てて、何度か大きく深呼吸を繰り返す。
「地震?地震ってさっきのとはまた別にくるのか?」
「詳しくは俺もわからないんだが、途中で会った野鳥のじいさんが言ってたんだ。ここ数十年なかったような規模の地震と津波がくるって。ベリルには、店の客を帰すように言ってある。ジャスパーはまだ事務所にいるか?」
にわかには信じがたい話だったが、カニルが嘘をついているようには思えなかった。
「ああ、事務所の電気がついているから中にいるはずだ。さっきまで外で立ち話をしていたところだし」
「じゃあ、ジャスパーに声をかけて俺たちもここを出よう。じいさんの話が本当かはわからないが、他の野鳥たちがポロスに向かって飛んでいくのも見たし、今はできるだけ海から離れた方が安全だろう」
ジャスパーがそう言って事務所に向かおうとした瞬間、僕の耳でもわかるくらいの大きな地鳴りがした。
数秒後、地面から突き上げるような振動で立っていられなくなる。
咄嗟に地面に座り込み、手をつく。
地面が波打つように揺れていた。
実際は数秒の出来事だったと思うが、体感では数分にも感じられる。
事務所の窓が割れる音がした。
ジャスパーは大丈夫だろうか。
街の方もかなり被害が出ているかもしれない。
揺れが少し落ち着くと、僕たちは何も言わずに立ち上がって事務所に向かって走った。