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ブルーバード  作者: 憩徒
5/10

Episode4

海岸でもひときわ大きな岩の近くで水しぶきがあがる。

体にまとわりつく海水のせいで、身体が重い。

羽毛が水をはじき、水面に体が浮かび上がる。

そのままでは身動きを取りづらいので、僕は早々に羽を閉じた。

くるりと身体を反転させ、仰向けで水面に浮かぶ。

何度目かわからない落水に、ため息をつく。

良く晴れた青空には、一本の雲が直線状に伸びている。

飛行機のあまり飛んでいないこの地上では珍しいことだった。

波の動きに身をゆだねたまま、瞼を閉じる。

このまま死んだらどうなるんだろうか。

飛ぶ練習をしていて死んだなんて笑われるかもしれない。

死んでしまったら、他人に笑われたかどうかなんてわからないけれど。


気がついたときには、全身が完全に海中に沈んでいた。

腹のあたりが重い。

僕の口から噴き出た空気が、バラバラになって海面に向かって泳いでいく。

腹が一番深く、手足は水面に近い。

体をくの字のように曲げた状態で海中に沈む。

自分の身に何が起きたのかは、簡単に想像がついた。

あの野郎。

カニルが僕の腹を思い切り蹴ったのだ。

僕は体制を立て直すと、両手を顔の前で掻いて海面に向かって泳いだ。

海中から顔を出すと、日差しを遮るものは何もないはずの場所にも関わらず、影が差している。

大きく息を吸って呼吸を整える。

「おー、生きてた」

僕の頭上でホバリングしていたカニルは、浮き上がってきた僕の姿を一目見ると、その場でくるりと一度旋回し、早く戻ってこいよと言いながら海岸の方に飛んでいった。

いつか必ず、あいつを海に突き落としてやる。

そう僕は心に誓い、カニルの後を追うように海岸に向かって泳いだ。

砂浜まで着くと、Tシャツの裾を絞った。

太陽で熱された砂が足に張り付く。

長時間砂浜にいることはできなそうだった。

僕はそのまま芝生の方に歩みを進める。

点在している木のうち、一番大きな木の下にカニルが寝そべっている。

頭の後ろで手を組み、木陰の隙間から空を眺めているようだった。

僕はカニルの横に腰を下ろす。

「お前って、いつか飛べるようになんの?」

カニルは僕に視線を合わせるわけでもなく、つぶやくように言った。

「わかんない、まだ飛べたことないから」

僕がバサバサとTシャツの腹のあたりを掴んで煽ると、水しぶきがあたりに飛んだ。

「いつまで続けるんだよ」

視線だけ僕の方に送って尋ねる。

「いつまでって、できるまでに決まってるだろ」

カニルは勢いよく上半身を起こすと、僕に目線を合わせた。

「お前、街のやつらから自分が何て言われているのか知ってんのか」

「ああ、それなら知ってるよ」

ついでにそいつらをお前が殴ったことも知っている、と僕は口に出そうとしてやめた。

「言わせておけけばいいんだ、僕のことはあいつらには関係ない」

「関係ないって言ったって…」

「ほっとけ、お前はいろんなことを気にしすぎだよ」

僕はTシャツを煽る手を止めた。

カニルはそれ以上、話を続けはしなかった。

しばらくの間、2人とも無言で空を眺めていた。

「お前、何で空飛びたいの」

カニルがポツリとつぶやく。

「なんでって、それは、翼があるからだろ」

僕は当たり前のようにそう答えたが、カニルはどうやら腑に落ちていなさそうだった。

「俺は自分から望んで施術受けたけど、お前はそうじゃないだろ」


カニルはカラスのwingsだった。

18歳で自分で望んで施術を受けたらしい。

本来カラスのwingsは、政府の偵察部隊として働くことになる。

知能や身体の能力が高いだけでなく、黒い体は闇夜に身を隠すのに都合がいい。

特に地上での隠密行動に向いていた。

カニルに黒い翼が発現した時、政府の役人はすぐに偵察部隊候補生として迎え入れる準備をした。

一般的に、偵察部隊候補生はポロスに呼ばれ、適性検査や身体検査を受けたのち、特殊な訓練を受ける。

カニルも他の候補生と共にしばらくの間、ポロスで生活していたらしい。

ところが数ヶ月後、完全な鳥型としての形態を手に入れた頃、カニルは候補生から外されることになる。

全身黒色の羽毛で覆われたカニルの嘴は、黄色だったのだ。

それ以外の適性は何の問題もなかったそうだが、目立つ色を持つ鳥類は偵察部隊には入れられないとのことだった。

候補生から外されたカニルは、天上には行かず、現在は地上で郵便配達員として働いている。


「あるものは使いたいと思っているだけだよ」

僕がそう返すと、カニルはまっすぐに僕の目を見つめ返した。

「腹立ったりしねぇのか、自分の境遇に」

カニルが珍しくまじめなトーンで僕に話しかける。

「いや、別に。人と違うなんて、むしろラッキーだ」

僕が何の迷いもなくそう答えると、ずいぶんポジティブだな、とカニルが笑った。

「ラリー。いっそ翼なんてなかったら、今みたいな努力する必要だってなかったんじゃないか」

何度も落水した僕を見ていたカニルも、何か思うところがあったのだろうか。

「努力?」

僕は目をぱちぱちと数度瞬かせる。

「カニル、お前は僕が空を飛ぶ練習をしているのを努力だと思っているのか」

それを聞いたカニルは、不思議そうに僕の顔を覗き込んだ。

「違うのか?毎日、同じこと何度も繰り返して。本当に飛べるようになるかもわからないのに」

僕は、Tシャツを触りながら、生地の乾き具合を確認する。

どうせまた濡れてしまうのだから、そろそろもう一度崖の方に行こうかと考えながら、立ち上がった。

「違うよ、僕はただやってるだけだ」

「やってるだけ?」

カニルは僕がまた崖の方に向かうことを察して、少しだけ上半身を僕がいる手前の方に傾ける。

「そう、できるようになるまで、できないことをやってるだけ。努力とかじゃない。別に嫌なことを無理やりさせられてるわけでもないし」

僕はそう言うと、再び崖の方に向かって歩き始めた。

背後でどさっと音が聞こえる。

カニルがまた寝転んだのだろう。

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