一
一(娘の行方)
ただいま。と、祐樹祐樹は家にいるはずの優香優香に声をかけた。
しかし、返事は返ってこない。行き場を失った声は、静かな玄関のタイルに落ちて消えていった。
祐樹は違和感を覚えた。いつもただいま。と声をかければ、おかえり。と優香は返してくれるのに。
祐樹は数日間の記憶を探った。優香に何か悪いことでもしただろうか、と考えるも、思い当たる節は見当たらない。遅い反抗期だろうか、それとも部屋で寝ているだけだろうか。祐樹はそっとリビングのドアを開けた。
「優香、いる?」
そう声をかけるも、やはり優香の声は返ってこない。部屋の中をぐるりと見渡したが、優香はいない。自分の部屋で寝ているのだろうか。祐樹はそう考え、優香の部屋へと向かった。
「入るぞ」
祐樹はノックをし、静かにドアを開けた。丁寧に本が敷き詰められた本棚、教科書が綺麗に整理され、広々としている学習机。優香が小学校の時から使っている大きめのベッドが祐樹の目に入った。しかし、優香の姿だけはそこにはなかった。
「どこにいったんだ」
祐樹の背中に冷たい汗が流れる。様々な悪いイメージが頭の中を駆け巡り、祐樹は思わず頭を振った。
いや、まだそうと決まったわけじゃない。まだ探してない場所はある。そこに居るかもしれない。とにかく、変なことに巻き込まれてないでくれ。そう祐樹は祈るような思いで家中をくまなく探した。
もし優香に何かあったら、天国の楓どう顔向けすれば良いのだろう。自分の命を賭けてでも守った優香を、俺は−
だが、焦りが募っていく祐樹の思いとは裏腹に優香は一向に見つからない。学校は夏休みだからないし、誰かの家に泊まりにいくというような話も聞いていない。もし仮にどこかへ出かけていたとしても、十時を回ろうとしているこの時間にはすでに帰ってきているはずだ。
まさか、誘拐された?
そんな突拍子もないことが脳裏に浮かび上がるくらいに祐樹は焦燥感に駆られていた。とはいえ、優香が見つからない以上その可能性も否定できなかった。
警察に通報するべきか。そんな考えが頭をよぎった。その時、祐樹の目にあるものが留まった。
「テレビがつけっぱに…?」
焦っていて気づかなかったが、今朝家を出る時には消したはずのテレビの電源が付いていた。薄暗い部屋の中を照らすテレビの画面は、録画の選択画面を表示している。矢印がドキュメンタリー番組のフォルダを指していた。
「まさか…」
祐樹は震える指でリモコンの決定ボタンを押す。すると、一番上に表示されたとあるドキュメンタリー番組が再生済みになっていた。
『想起の扉〜史上最悪と呼ばれた事故の真相』
祐樹はその番組をまだ再生していない。それが再生済みになっていると言うことは、祐樹以外の誰かがこの録画を再生したと言うことだ。家中を探し回ったとき、誰かが家に入って荒らされたような形跡もなかったから、空き巣が入ったとは考えづらい。入ったとして、わざわざ番組を見るような真似をするだろうか。
だとすれば、これを再生したのは一人しか考えられない。
この時、祐樹は察した。嫌な予想の一つが、だんだんと現実味を帯びて祐樹の前に現れてくる。
優香は、知ってしまったのだ。無意識のうちに背負っていた、あまりにも重すぎる十字架の正体を。