第6話:嫉妬と噂、少女たちの攻撃開始
──最初の異変に気づいたのは、靴箱だった。
朝の登校。澄んだ空気、透き通った光。
天界の朝は、いつだって静かで綺麗で、まるで何も悪いことなんて起きないみたいだった。
けれど。
「……これ、なに……?」
ユリエル──私の靴箱の中に詰め込まれていたのは、ぐしゃぐしゃに濡れた羽根だった。
誰かの羽が濡れて落ちたのではない。
これは、わざと、私の“翼”に見立てて切り刻まれたもの。
「ユナ……」
隣で靴を履いていたアリエルが、そっと手を伸ばす。
「大丈夫。すぐに掃除すれば、誰にも見られないよ」
そのやさしさが、胸に刺さる。
でも、どうしても言えなかった。
“これくらい、気にしない”なんて、強がりでも言えなかった。
その日の授業中、机に座った私の手が止まった。
ノートの上に、赤い羽根ペンで書かれていた一文。
──《推し泥棒》──
それはまるで、天使界の神聖な空気を裏切るような“呪い”の言葉だった。
周囲は見ないふりをしていた。
でも、私には分かった。小さな笑い声。ちらちらと向けられる視線。
ランキングで名前が出たあの日から、私への“注目”は、確実に変わっていた。
(……私、悪いことなんてしてないのに)
お昼休み。
アリエルと食堂に向かう途中、私は自分の弁当箱が入った袋を開けて――凍りついた。
空だった。
蓋も、仕切りも、すべてがきれいに“捨てられて”いた。
「……そんな……」
あの、節約して丁寧に作った、地味なお弁当。
食材のひとつひとつを大事にした、私なりの“生きる力”の象徴だった。
「ユナ……」
アリエルが、そっと自分のお弁当の半分を差し出す。
「一緒に食べよ。足りなかったら、わたしのもあるから」
「……ありがとう。でも……ごめん」
私の手は、彼女のお弁当には伸びなかった。
「巻き込みたくないの。アリエルまで、何かされちゃったら……」
アリエルは悲しそうな目をしたけれど、何も言わなかった。
そして、ほんの少しだけ、距離を置いて歩き出す。
私を責めるわけでもなく、ただ、そっとそばにいるように。
……だけど。
私は知っていた。
あのとき彼女が背負ってくれた“信頼”を、
私が自分の手で、遠ざけてしまっていることを。
(どうして、“推される”ってだけで……こんなにも、怖いの?)
何も悪いことをしていないのに。
ただ、自分の居場所を探していただけなのに。
“誰かに注目された”ことで、こんなにも孤独になるなんて。
私はその日、教室の隅の席で、誰とも目を合わせずに授業を受けた。
声をかけてくれる人も、笑ってくれる人もいなかった。
ただ一人、アリエルだけが。
休み時間のたびに、私の席にそっとノートを置いてくれたり、飲み物を渡してくれたりしていた。
何も言わずに、ただ、そうしていてくれた。
“味方”がいる。
それだけが、私の、唯一の救いだった。
──でも、私にはまだ、その小さな優しさを“信じる”勇気が、足りなかった。
……まだ、私は。
“誰かに好かれてもいい”って、心から思えていなかった。