第54話「神の記録に抗う者」
アウリオン・セレスティア高位天使育成学院。
朝の鐘が鳴り響く頃、生徒たちは学園祭の準備に浮き足立っていた。
しかしその裏側では、天界の中心——**神託の審議殿**にて、重く冷たい会議が進行していた。
「——では、記録管理部門宰相、ゼオ=ヴァルトレイス殿。発言を許可する」
円卓の最奥、神印の刻まれた席に立つのは、ゼオ。
その瞳は、いつも通り冷淡で、感情の色をまったく持たない。だが、その無表情こそが、誰よりも残酷であると知られていた。
彼は静かに一枚の書状を広げ、はっきりとした声で告げた。
「本日付で、智天使候補ユリエル=アマミヤ及び、該当被保護対象ナオ=アストラリアに対し、“記録外逸脱存在”としての処分命令を提出する」
ざわっ…!
神託評議会が、ざわめきに包まれた。
「ゼオ殿、それは……!」
「まだ確定していないはずだ!」
「そもそも“記録”が二重化している件は——」
怒号が飛ぶ中でも、ゼオは一歩も引かない。
「神の記録に整合性がなく、二名は“神の実験枠”および“記録外変動因子”と断定された。存在自体が神意に背く可能性を孕む以上、裁定を仰ぐのは当然の流れだ」
議長が沈黙のうちに眉をしかめる。
「だが、両名は現在も天界に重大な貢献を……!」
「だからこそだ」
ゼオは言い切った。
「記録外の者に依存する世界など、神の御心ではない。例え善行であれ、それが“定められた未来”を歪めるならば——その存在は例外として淘汰されるべきだ」
冷たい静寂が、会場を支配する。
その頃。
***
学院の渡り廊下。
淡い光が差し込む中、ユナとナオは並んで歩いていた。
「……ナオ。最近、少しずつだけど、君のことが……分かる気がするの」
「俺も。全部思い出せたわけじゃないけど……」
ナオはふと、足を止めた。
「でも、君が俺の名前を呼んだとき——心の奥に、炎みたいなものが灯った」
「……うん」
「それが、“本当の自分”だと思ったんだ」
ユナは、微笑みながらナオの手を握る。
「じゃあ、燃やそうよ。未来を、私たちの手で。神の“記録”なんかじゃなくて、自分たちの“選択”で」
その言葉は、奇しくも——
評議会でゼオが提示した論理とは、真逆の願いだった。
そしてその頃、廊下の陰で密かに立ち聞いていたのはアリエルだった。
その表情には、覚悟と決意の影が宿っていた。
「記録なんて、知らない。私は、ユナの“いま”を信じる」
その瞬間——
神託殿に新たな報告が入る。
「報告! 第零記録層より、未登録の因子が覚醒反応を示しました!」
「まさか……ナオ=アストラリアの内部に——!」
その場にいた全員が、緊迫する。
ゼオの目が静かに光る。
「やはり、間に合わなかったか。……ならば、次は破却の準備に移ろう」
静かなる決意とともに、ゼオの指が処分命令の印に触れた。
それは、この物語が終焉へと向かう“序章”の開始を意味していた。




