第50話「アリエルの記憶、夜明けの“夢”」
夜明け前の静かな学園寮。
ユナはベッドの中で目を開けていた。四煌たちに想いを伝えた夜の余韻が、まだ胸の奥で波のように揺れている。
——「選ばない」と伝えたことは、正直怖かった。
だけど、あの時、彼らがそれぞれの言葉で「それでも推す」と言ってくれた。
“推される”ことの意味が、少しだけ変わった気がする。
そんなことを考えていたら、不意にノックの音がした。
「ユナ……起きてる?」
ドアの向こうから聞こえたのは、アリエルの柔らかな声だった。
「うん、起きてるよ」
ドアがそっと開き、アリエルが手に温かいハーブティーを持って入ってきた。
「……少しだけ、話してもいい?」
「もちろん」
ベッドの端に腰掛けたアリエルは、しばらく何も言わなかった。けれどその瞳は、どこか決意を宿していた。
「……ユナ。あのね、昨日、夢を見たの」
「夢?」
「うん。小さな泉のほとりで、誰かが私に話しかけてるの。『あなたには癒しの手がある』って、何度も」
アリエルの声は震えていた。
「でも、その人の顔はぼやけてて、何もわからなかった。なのに……その言葉だけは、どうしても忘れられなかった」
ユナは静かに頷いた。
「それって、アリエルの“前”の記憶かもしれないね」
「……やっぱり、そう思う?」
ユナはそっと、アリエルの手を握った。
「うん。アリエルは、この世界に“もう一度”来た人なのかも。きっと、神さまの実験枠じゃなくて、“希望の再起動”なんだよ」
その言葉に、アリエルの目が潤んだ。
「……私、怖かったんだ。自分が他の子たちと違うことも、何か大事なことを“忘れている”気がすることも」
「でも、もう大丈夫だよ」
ユナは優しく微笑む。
「アリエルはアリエルのままで、ちゃんとここにいる。私にとっては、大切な親友だよ」
アリエルの頬を、涙がひとすじ流れた。
「ありがとう、ユナ……」
しばらく沈黙が流れたあと、アリエルはふっと笑った。
「……変だね。夢の中であの人がくれたティアラ、たしか“ミゼル”って呼ばれてた気がするのに……まさかね」
ユナは驚いた顔でアリエルを見た。
「え? ミゼルって、あのミゼル?」
「うん。まさか、ね?」
ふたりは顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。
まだはっきりとはわからない。けれど——
“アリエルの記憶”は、確実に目覚めはじめていた。
そしてそれは、この天界に新たな光をもたらす予兆でもあった。
*
そのころ、ナオは静かな部屋で、一人書物を読み漁っていた。
未だ曖昧な記憶の中に、微かに響くユナの声と、リリィの笑顔。
そして、遠く届いたはずの誰かの祈りの声が、確かに胸を温めていた。




