第5話:推しランキングにランクイン!?
──それは、何の前触れもなく始まった。
天界学園の昼休み、食堂入り口に設置された巨大なクリスタル掲示板。
毎週更新される「推しランキング」が、今日はなぜか、いつもより騒がしかった。
「13位に……誰?」「えっ、“ユリエル”って……あの地味な転校生じゃない?」
「え、ガチで!? なにしたの!?」
(……え? 私、なんかした?)
食堂の隅っこで、アリエルと小さくお弁当を広げていた私は、ざわつく人波に首をかしげた。
「ユナちゃん、すごい……13位に入ってるよ!」
「えっ、えええ!? ちょ、何で!? っていうか、推しランキングって何!?」
アリエルは、ぱちぱちと手を叩きながら嬉しそうに説明してくれる。
「毎週、学院内で“誰が一番推せるか”を投票するの。顔とか魔力だけじゃなくて、行動とか雰囲気とか……いろんな要素で変動するんだよ」
「え、いや、私何もしてないよ!? ただ目立たないように過ごしてただけで!」
でも、私の名前は確かにそこにあった。
《第13位:智天使・ユリエル》
《得票理由(一部抜粋)》
・「庶民的なお弁当が癒しすぎた」
・「アリエルちゃんを背負って走る姿、マジ天使」
・「食堂でこけかけて机に頭打ってたの、逆に守ってあげたくなった」
・「泣き顔で“すみません…”って言われた瞬間、膝から崩れた」
・「泣かせたい。守りたい。でも泣いててほしい。情緒ぐちゃぐちゃにされた」
(えっ、なにそれ……全部、恥ずかしいやつじゃん……)
私は顔を真っ赤にしてうつむく。
「ねえアリエル、なんでこんな……ランキングとかあるの?」
アリエルはちょっとだけ苦笑して言った。
「天界って、感情が魔力に影響するから、“好かれる”ことがすごく大事なの。だから、“推し”って、単なる人気投票じゃなくて……ちょっとした戦闘力の補助にもなるの」
なんなの天界。地上よりSNS文化が発達してる。
「……はぁ、目立ちたくなかったのに……」
お弁当のふたを開ける気力もなくなって、私は箸を持ったまま、ぼんやりとランキングを見つめた。
そのとき。
「ユリエルちゃん、ランキング見た? おめでと〜!」
明るい声とともに、レイ・エリクシオンがどこからか登場した。
片手には推しランキングのスクロール写本を広げて、
「君、まじで今キてるよ?」とか言いながらニコニコしている。
「ていうかさ〜、“地味かわ”ってワード、もう広まってるし?
あと“保健室ヒロイン”ってタグもついてたよ〜? やばくな〜い?」
「やばいのはあなたのテンションです……!」
私は必死でお弁当箱を抱きしめる。
でも、アリエルはくすくす笑って、ぽつりと言った。
「ユナちゃんは、ちゃんと見られてるんだよ。……今度は、ちゃんと、良い意味で」
──“良い意味で”。
その言葉が、胸のどこかに小さく灯った。
これまでの私は、見られること=笑われること、だった。
だから視線が怖かったし、注目なんてされたくなかった。
だけど、いま。
あの時、必死に背負って走ったアリエルの身体。
落ちかけたお弁当を拾ってくれた誰かの手。
「ありがとう」と言ってくれた、あの瞬間の気持ち。
──それが、誰かに届いていたのかもしれないと思ったら。
少しだけ、背筋が伸びた気がした。
「……推されるって、ちょっとだけ、うれしいかも」
そんな私のつぶやきは、誰にも聞かれなかったけれど。
天界の昼下がりの空に、そっと溶けていった。
そして、この“推しランキング”が、
このあとどれほどとんでもない修羅場を引き起こすかなんて──
そのときの私は、まだ何も知らなかった。