第49話「涙の答え——“選ばない”という決断」
昼下がりの天使学園、旧図書塔の裏庭。
季節外れの風が、花壇の花を優しく揺らしていた。
ユナは一人、木陰のベンチに座っていた。
誰にも見つからないようにと選んだつもりだったのに——
「……隠れるの、下手だな」
ふいにかかった声に、ユナは振り返った。
そこには、セラ・ルクシオンが腕を組んで立っていた。
その後ろには、カイ・ゼファーが木にもたれて無言でこちらを見つめている。
「ユナさん……あの、突然でごめん」
シュリ・レミファントが眼鏡を押さえながら、少し恥ずかしそうに現れた。
そして最後に、
「おっと〜、まさか“選ばれる会議”ってやつ? じゃあ俺、司会でいい?……冗談冗談」
レイ・エリクシオンがひょこっと顔を出した。
「なんで全員そろってるの……?」
ユナが呆然と立ち上がると、セラが真っ直ぐに言った。
「お前が、誰も選べないって言いそうな気がしてた。だから、先回りしただけだ」
「セラさん、それを言うなら……話し合うために、だろう?」とシュリ。
「俺はただ……その、ユナに……迷わせたくなかったんだ」
カイがぽつりと呟いた。
「じゃ、座ろっか。四対一って、さすがに逃げられないでしょ?」
レイの軽口に、ユナは思わず吹き出しそうになった。
——だけど、胸の奥が、痛い。
「……ごめんなさい。みんな……本当に優しくて、あったかくて、どんどん近くなってくれて……
なのに、私、誰か一人を選ぶことができなくて……」
ユナの声が震える。
「選ばなかったら、みんなを傷つけるって、分かってたのに……でも……」
ぽろり、と涙が落ちる。
「私は……まだ、自分の“気持ち”が分からないの。
誰か一人を選んで、それ以外を切り捨てるようなこと……今は、できないよ……!」
しばしの沈黙。
だけど——
「バーカ」
セラがぼそりと、言った。
「選ばれなかったぐらいで壊れる絆なら、最初から“推し”じゃない」
「セラ……」
「俺はお前に“選ばれる”ためにいたんじゃねぇ。……勝手に惹かれただけだ」
続いてカイが、ほんのわずかに口元を緩める。
「……俺も。笑ってくれたら、それで十分だったのに。気づいたら、もっと欲しくなってた」
「俺はね、ユナちゃん」
レイが、いつになく真面目な声で言う。
「最初は興味だった。軽い気持ち。でも、今は……本気なんだよ?」
最後に、シュリが眼鏡を外して、まっすぐに見つめた。
「僕のような無骨で、冷たい人間でも……君は、最初から変わらず接してくれた。
あれが、どれほど救いだったか……伝えられる言葉が、まだ見つからないけど」
ユナは、言葉を失っていた。
すると、四人がほぼ同時に、こう言った。
「それでも、推す」
「選ばれなくても、君が好きだ」
「それが、俺たちの結論」
「一番じゃなくていい。“ユナの中にいられる”なら」
ユナの頬を、ふたたび涙が伝った。
でもそれは、少しだけあたたかい涙だった。
「……ありがとう、みんな」
ふと、レイが言う。
「これってさ、もはや“推され四天王”じゃね?」
「誰が一番って、誰が決めるんだよ」
「ユナだろ」
「いや、世界がだろ」
「お前ら、会話がズレてる」
「あははは!」
ユナが笑った。
心からの笑いだった。
——そして、彼女の周囲に、ほんのわずかに光が揺れた。
それはまだ、誰にも気づかれていない、奇跡の兆し。




