第47話「ふざけてばっかの僕だけど、本気は君にだけ」
天界の朝はまぶしい。いや、まぶしすぎる。
「うあぁぁ〜〜! 寝坊したぁぁぁあ!」
その声を響かせたのは、もちろん――
「レイ=エリクシオン、君また廊下を爆走してるのか。風紀違反だぞ」
「ちがうもんシュリ〜〜! これは文化的疾走っていうの〜〜!」
風の魔法を無駄に活用して空中スライディングするレイを、今日もシュリ=レミファントが眼鏡を光らせて止めに入る。
「ユナ〜〜〜ッ! お弁当作ってぇぇ〜〜ん! 昨日の味噌焼きおいしかった〜〜!」
「えっ、まだ二限目始まったばかりだけど!? というか今日お弁当作ってないよ!?」
「ぬぉぉぉぉ〜〜!? このままじゃ俺、空腹で消えてまう〜〜〜!」
「誰も消えろとは言ってないし!」
そんな、いつもどおり騒がしい朝だった。
でも、レイは気づいていた。
ユナが、最近ほんの少しだけ、自分と目を合わせるのをためらうようになったことに。
***
その日の午後――
「よし、屋上いこ! 特訓だよ、特訓!」
「レイくん、また唐突に……なにを特訓するの?」
「ふふっ……“笑顔のキュン指数”を鍛えるのだ!」
「はあぁ!?」
「えっとね、俺が全力で笑わせるから、ユナちゃんはそれに“キュン度”で採点して?」
「ちょ、私いつのまに審査員ポジションになってるの!?」
「いいから付き合ってよ〜。ほらっ、シュリも審査員してくれていいよ?」
「真面目に鍛錬している他の天使たちに迷惑だろう」
「カイは採点ゼロしかくれなさそう〜〜。ねーねー、ルインは?」
「採点せずに笑わせる側に回っていい? 俺、ユナちゃんの“くすぐりツボ”探し名人なんだけど〜〜」
「なにその迷惑な称号!?」
天界の屋上は、夕日が差し込むたびに、金色に染まっていく。
冗談ばかり飛び交う中、レイがふと静かになった。
「ねぇ、ユナちゃん。俺、いつもふざけてるけどさ」
「……うん?」
「本当は、ふざけてないと怖いんだ」
その言葉に、周囲の空気がすっと変わる。
「怖い?」
「うん。だってさ、昔“光の力”が暴走しかけたとき、みんなから距離取られたことがあって」
ユナは、息をのんだ。
「でも君は、俺がどれだけふざけても、ちゃんと向き合ってくれた」
「レイくん……」
「だから、俺ね――」
声が震えていた。
「本気で人を好きになるのが、怖いと思ってたんだ」
「……」
「でも、君といると、なんか変われそうって思っちゃうんだよ……バカみたいだけど」
夕日が差し込む中、レイの瞳だけが、ふざけてなかった。
「……ユナちゃん。俺、本気で、君のことが――」
「……レイくん」
ユナは、静かに笑った。
「ありがとう。でも、ごめんね」
その言葉に、レイは目を見開いた。
でも――
「俺……知ってた。そう言われるかもって。でも、伝えたかったから」
彼の笑顔は、いつものおちゃらけたものじゃなかった。
「これからも俺は、君の隣で笑ってるから」
「レイくん……」
「その笑顔、俺が守るって、決めてるからさ」
夕日の中で、レイ=エリクシオンの髪が揺れた。
笑っていた。
でも、ほんの少し、目の端に光があったのを、ユナは見逃さなかった。
──「風」は、軽やかに吹き抜けるもの。
でもその本質は、「どんな嵐にも、寄り添って吹ける」強さだった。




