第46話「氷の王子と秘密のレシピ」
天使育成学園の午後、雲ひとつない空に、光の羽根がひらりと舞った。
「……なぜ俺が、こんなことを……」
氷の王子こと、カイ・ゼファーは厨房で呆然と立ち尽くしていた。
彼の前にはエプロン姿のユナ。そして隣には、おしゃべりが止まらないレイと、真顔で計量器を睨むシュリの姿。
「ほらカイ、砂糖は“愛のぶんだけ”って言うんだよっ♪」とレイが茶化せば、
「正確には10g単位で頼む。心ではなく分量で失敗するな」とシュリが冷静に返す。
「うるさい、氷で凍らせるぞ」とカイがぼそっと呟いたその時。
「みんな、仲良くね〜!」とユナが微笑んで、スプーンをカイに手渡した。
その瞬間——。
「あ……」
カイの手に触れたユナの指。ふわっと漂う、どこか懐かしいあたたかな香り。
彼の脳裏に、一瞬だけ“特別な記憶”がよぎる。
それは、ユナが持ってきてくれた一皿の煮込み料理。あの味を初めて口にした日——。
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——数日前。
「……この料理、なんだ?」
ふとした昼休み。ユナが作ってきた手作り弁当を、無口なカイが黙って食べていた。
その瞬間、ほんの一瞬だけ。氷のようなその表情が、ほころんだ。
「……うまい。君、料理、得意なのか?」
その言葉に、ユナは照れながら笑って頷いた。
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そして今、再びその“味”を再現しようと、厨房で特訓中なのだった。
「ちょっとカイ、玉ねぎ切るの遅い〜。セラだったら2秒で終わらせるよ?」
「……うるさいな、俺は騎士じゃない」
「む、何か言ったか?」背後で腕組みしているセラが眉をひそめる。
「いや、なんでもないです……」カイの声が1オクターブ下がる。
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一方その頃、隅のテーブルではアリエルとナオが談笑していた。
「カイくん、実はユナちゃんのこと……ちょっと意識してるかも、ですね」
「……ああ。見てりゃ分かる」
「……ナオくん、ちょっと焼いてる?」
「……焼いてない。俺は……ただ、気になるだけ」
そんな静かな会話の裏で、リリィは屋上からこっそり調理室を覗いていた。
「はぁ? なんでカイがエプロンとかしてんのよ……。
あの真面目くん、推しの手料理に負けたパターンね。くっ、わかるけど……!」
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鍋の火加減、味付け、みじん切り……。
そして、ふとした瞬間に見せる優しさや不器用な言葉たち。
「……君だけには、こんな俺でも……見せたいと思った」
料理が完成し、ユナが「すごく美味しいよ!」と満面の笑みを見せた瞬間。
カイは小さく息を呑み、ふいに目を逸らした。
その頬には、ほんのりと——氷が溶けたような、淡い赤みがにじんでいた。
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「……カイさん、さっきの言葉、ちゃんと聞こえてましたよ?」
「……聞こえなくていい。忘れてくれ」
「ううん、忘れないです。……とっても、嬉しかったから」
そう言って笑うユナに、カイはただ、小さく「……バカ」と呟くのだった。
——氷の王子の、秘密のレシピ。
それはたぶん、ちょっと照れくさくて、でも優しい恋のはじまり。




