第44話「帰還、背中越しの推し告白」
天界への帰還の準備が整った夜。
魔界外縁、封じの森にて。
一時的に張られた結界の中で、ユナたちは静かに焚き火を囲んでいた。
ナオは未だ記憶と力の不安定さが残るものの、穏やかな顔でユナの隣に座っている。
四煌たちは明日の出発に備え、遠くの丘で警戒にあたっていた。
火の揺らぎが静かに空間を包み込む。
ユナがそっと立ち上がると、視線の先に一人の少女の背中があった。
紅の髪。揺れるマント。
そして、あいかわらず素直じゃない“強がりな孤高”。
「リリィ……」
ユナがそっと近づこうとした、そのときだった。
「来ないで」
リリィは背中を向けたまま、低く、しかし凛とした声で言った。
「……あたし、ちょっと今、ダサいから。顔、見ないで」
焚き火の光で、彼女の肩がわずかに震えているのが見える。
ユナは静かに立ち止まり、距離をとったまま答えた。
「うん、わかった」
リリィの声は、少し掠れていた。
「……あたし、ずっと“推されたい”って思ってたんだ。
誰かに必要って言われたくて、目立とうとして、媚びて……でもダメで。
結局、“理想の悪魔像”ってやつに乗っかって、演じてただけで……」
ユナは黙って聞いていた。
リリィは続ける。
「でもさ……あんたが来てから、全部変わったの。
“推されない側”だって、誰かのために何かしてもいいんだって……
あんた見てたら、なんか、バカみたいに涙出てきて」
そして、しばらく沈黙が続いた後――
リリィはふいに言った。
「ナオのこと、あんた以上に好きになるの……諦めるわ」
ユナの目が見開かれる。
「でもね、推しって、そう簡単に降りられないんだよ」
リリィの声が、ほんの少しだけ笑っていた。
「だからさ……あたしの中では、まだ一番。
あいつが笑ってくれるなら、それでいいって思えるくらいには、好きだったから」
そして、彼女は振り向かないまま、続けた。
「これからも、あたしの“推し”でいてくれる?」
その背中に向けて、ユナはそっと手を合わせた。
「……ありがとう、リリィ。あなたの光、見えたよ」
そう言うユナの声に、リリィの肩がわずかに揺れる。
「っ……な、なによ、それ……ずるいってば……」
涙声だった。
そしてリリィは、何かをこらえるように息をつき――
「もう、行きなさいよ。見送りとか、あたしには似合わないし」
「うん。……リリィも、気をつけてね」
ユナは微笑みながら頭を下げ、その場を後にする。
遠ざかっていく足音。
静寂のなか、リリィは焚き火の前に一人座り込み、呟いた。
「はぁ……ほんっと、あんたって……」
火の揺らめきに照らされたその横顔は、
少し泣き顔で、少し笑っていた。
そして――少女たちは、それぞれの“推し”を胸に、
新たな章へと歩みを進めていく。
“愛される”ことだけが救いじゃない。
“愛する”ことで、人は変われる。
それを、リリィはこの夜、確かに知ったのだった。




