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誰にも推されなかった私が、天界で君の最推しになりました  作者: 白月 鎖
【第4章】“推し”が堕ちたので魔界へ行きます
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第42話「救済の剣、魔界に降る」

深紅に染まった空の下、荒れ果てた魔界の断層地帯。

崩れかけた牢獄の外で、三人の姿が風に揺れていた。


ナオは膝をつき、覚醒直後の余波で呼吸もままならず、ユナがその背を支えている。

その傍ら、リリィが片膝をつきながら警戒の視線を上げた。魔界の気流がざわついていた。


「ゼオが……来る」


その呟きと同時に、空間が、裂けた。


風が止む。

音が消える。

気温が、数度下がった気がした。


虚無の中心から、漆黒の法衣を纏った男が、ゆっくりと歩み出てくる。

ゼオ=ヴァルトレイス。魔界秩序の番人、そして天界の“記録管理者”。


「どうやら、私の“記録”が破られたようだな。興味深い」


その声は穏やかだった。

だが、空間を圧する気配は、確かに“殺意”を孕んでいた。


「ユリエル……いや、“雨宮ユナ”。君の存在は、元来、記録されていなかった。にも関わらず、こうして影響を与えすぎている。実験体としては……」


ゼオの視線がユナに突き刺さる。


「——廃棄対象だ」


その言葉に、ユナの身体が一瞬だけ強ばった。だが、怯えではなかった。


「それでも……私は、この人を守るって決めたから!」


彼女はナオを庇うように立ち塞がった。


「ふん、愚かな感情論だ。だが、その“愚かさ”こそがこの世界の崩壊を招くことを、いずれ知るだろう」


ゼオが手を上げる。空間がゆがみ、次元を裂く魔力が奔流となってユナたちに迫る。


リリィが咄嗟に前に出た。


「やめろ、ゼオ……! こいつは、あたしの“推し”なんだよ……!」


その言葉に、ゼオはうっすらと眉をひそめた。


「“推し”か。下等な感情だ。だが、天界も魔界も、今やその“承認欲求”に侵食されている。……滑稽だな」


迫る破壊の奔流。逃げ場は、ない。


その瞬間だった。


空が、光った。


風が逆巻き、空間が反転する。


——光が、降った。


青白い翼。真銀の剣。

蒼穹の衣をまとう一人の天使が、天空から降臨する。


「そこまでだ、ゼオ」


ミカエルだった。

天界の記録防衛官、そしてユナの“監視者”であり、影の守護者。


銀の光が奔流を斬り裂き、地を穿つ寸前の魔力を消し去る。

ゼオが表情を変えず、静かに口を開いた。


「……これはこれは、天界の『銀刃』がわざわざ直々にとは」


ゼオが冗談めかした声音で口を開く。


「……私も、できればこんな形で来たくはなかった」


ミカエルはユナの前に立ち、剣を構えたまま、淡々と続けた。


「だが、君が“記録”を書き換えた痕跡を、放置するわけにはいかない」


「ほう?」


ゼオの瞳に、微細な揺らぎが走る。


ミカエルが懐から光の結晶を取り出した。


「これは、第一記録層に残された“矛盾”。

ユリエルは、もともと記録されていなかった。だが、後に“記録されていた”と主張するデータが現れた……。それはつまり、君が何者かを“記録に挿入”したということだ」


一瞬、ゼオの笑みが凍る。


「それがどうした? 神の記録など、絶対ではない。そもそも“神”とは、その矛盾を包摂する存在だろう?」


「違う。神は“すべてを記録する”ことで在る。だが貴様は……記録の順番すら、ねじ曲げた」


ミカエルの足元の光が、魔界の大地を焼いた。


その“矛盾”こそが、ゼオの犯した最大の罪。


——“存在しなかった者”を、あたかも“存在していた”かのように記録に書き換える。


それは、神の絶対律「存在の連続性」に対する、真っ向からの反逆だった。


「では問おう。ゼオ=ヴァルトレイス。貴様は、“神の記録”をも超越するというのか?」


「違う。“神の実験”を優先しただけさ」


ゼオの瞳が、静かに輝く。


「ユリエルという少女は、“神の計画”にすら含まれていなかった存在。……だからこそ、面白い」


「……!」


「実験とは、予定調和を破壊するものだろう? ならばその実験台に、記録を合わせただけ。順序がどうであれ、価値があるのは“今、そこにいること”だ」


言葉は正論に聞こえた。だがその根底には、冷酷な選別主義があった。


「……貴様は、ユナを“記録上の齟齬”でしか見ていないのか」


ミカエルの瞳に、微かに怒りが宿った。


「記録にない者は、不安定だ。だが——“可能性”でもある」


その言葉に、ゼオがわずかに目を細める。


「変わったな、ミカエル。“冷徹な守護者”が、実験体に“感情”を?」


「私もまた、記録の外で揺れ始めているということだ。……貴様の不正が、それほど歪だった証明でもある」


「なるほど。だが、証明できるか?」


「証明なら、今この場でしてみせる」


ミカエルが剣を振るう。


大地が震え、空が共鳴する。闇のレイヤーが剥がれ、虚数の世界が一瞬だけ垣間見えた。


その奥に、“黒い手”が確かにあった。


ゼオの口元が、わずかに吊り上がる。


「……見逃してもらえないか、ミカエル?」


「君がユナに手を出すなら、私は君を——天界の記録官として、裁く」


剣先が静かにゼオに向けられる。


リリィが小声で呟いた。


「すげぇ……ユナ、あんた、やっぱすげぇわ……。こんな奴まで動かしちゃうんだから」


ゼオが一歩後ずさると同時に、空気が再び緊張を孕む。


「……では、“神の記録”と“神の実験”。どちらが先に破綻するか、見届けるとしよう」


ゼオはゆっくりと姿を消していった。空間の歪みが閉じると、静寂が戻った。


ミカエルは振り返らずに、ただ一言。


「君が“記録の外側”にいる限り、私は君を見続ける。……生き延びろ、ユリエル」


そう言い残し、彼もまた、風と共に姿を消した。


一同はその場で立ち尽くしていた。


だが、リリィが小さく笑った。


「……ま、これが“本命推し”ってやつかもね」


そして、彼女はそっとユナの手を握った。


「……でも、負けてないから。あたしも、あんたを推してるよ、ユナ」

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