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誰にも推されなかった私が、天界で君の最推しになりました  作者: 白月 鎖
【第4章】“推し”が堕ちたので魔界へ行きます
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第40話「ナオ、涙の覚醒……ユナ、なのか?」

暗く、閉ざされた牢の中で、

ナオの胸に宿る光が、ほんのわずかに揺れた。


きっかけは、カモミールと柑橘の香り。

微かに残っていた“記憶のぬくもり”が、ユナの声に重なったから。


けれどそれでも、彼はまだ戻ってこれなかった。

無感情に凍りついたその目は、ユナの涙を映しても、心まで届かない。


「ねえ……覚えてるでしょ……ナオくん。あなたは、あんな目をする人じゃなかったよ……!」


ユナは、格子の外から叫び続けた。

喉が枯れても、胸が裂けそうになっても、言葉を届けようとした。


「自分を閉じ込めないで……! 私は、そこから連れ戻しに来たんだよ……!」


それでも、ナオの表情は変わらない。

魂の奥に深く深く、封印されていた。


けれど——


「……本気で、言ってる?」


その時、低く、だが怒気をはらんだ声が背後から響いた。


リリィだった。

腰に手を当て、眉を寄せたまま、ナオを睨みつけている。


「なにその顔。あんた……本気で、ユナの声が届いてないわけ?」


ユナが何かを言おうとしたが、リリィがそれを遮るように前に出た。


「私はね、バカみたいにずっと“理想の推され像”を演じてきたの。

愛されるためには、笑って、媚びて、裏で泣いて……それでも、誰にも見てもらえなかった」


声が震えていた。


「でも……それでも! ユナだけは、あたしの“本当”を見ようとしてくれた。

あんた、そんな子に……! 無反応でいられるわけ!? それで男かよ……!」


リリィの怒りは、激しさではなく、切なさに変わっていった。


「……ナオ。あんた、ほんとは優しいやつだって、あたし、知ってるから……」


静かに、でも確かな痛みを帯びて、言葉が届く。


「だからこそ、腹が立つんだよ。……どうして、そんな顔してんのよ……!」


リリィは後ろを向いた。

その肩が、かすかに震えていた。


ユナは、その背中を見つめたあと、ゆっくりとナオに向き直る。


「ねえ……私、信じてるんだよ。

あなたの中に、あの時の“やさしい光”がまだあるって……」


そして、牢の隙間から、手を伸ばした。


「戻ってきて……ナオくん。

……私、あなたが笑ってくれるなら、全部あげられるくらい……」


その時だった。


ナオの目が、ふるりと揺れた。

まるで、冬の水面に落ちた雫のように、小さく、静かに。


そして、彼の喉から、微かな声が漏れた。


「……ユ……ナ……?」


ユナが、息をのんだ。


ナオの身体が、僅かに震え出す。

抑え込まれていた感情が、封印の内側から揺さぶられ、軋むような音とともに——


「っ……ユ、ナ……ユナ……ッ!」


まるで、長い夢の中から目覚めたように、ナオは両手で頭を抱え、崩れ落ちた。


「……どうして……俺、ずっと……怖くて……声も出せなくて……!」


涙だった。


閉ざされていた感情が一気に押し寄せ、ナオの瞳からあふれ出す。


その叫びに、ユナは迷わず扉に駆け寄り、鍵もないのに全力で格子を揺らした。


「大丈夫、大丈夫だよ……! 私はここにいる……! もう、離さない……!」


その瞬間——

魔界の地下牢に張り巡らされていた封印が、爆ぜるような音を立てて砕けた。


金色の光がナオの身体を包み込み、

重く冷たい魔力が剥がれ落ちていく。


牢の扉が、きぃ……と音を立てて開いた。


ユナは、迷わずナオを抱きしめた。


ナオも、震える腕でユナを抱き返す。


「……やっと、君に……会えた」


その言葉とともに、ナオはユナの肩に顔を埋め、嗚咽した。



だが——その瞬間だった。


地鳴りのような風圧が牢を揺らし、

ナオの背から、光とも闇ともつかない“別の次元の力”が溢れ出す。


「っ……なに……この力……!?」


ユナが目を見開く。


空間が、音を立てて軋んだ。

次元がゆがむ。天界にも、魔界にも存在しない“絶対的な力”が、周囲の法則を捻じ曲げる。


それは——ルシフェルの記憶。

かつて天界を離反し、魔界を拒絶した、“神に愛された最初の存在”の覚醒だった。


「やばい……っ、これは……ナオくん、だめっ……戻って!」


ユナは、暴走する光の中、必死にナオを抱きしめる。


「あなたは人間だよ! 私の知ってる、優しくて、さびしがり屋で……でも強い人!」


ナオの中の狂気が、一瞬、静まった。


「私は、あなたが……“この世界のどこにもいない存在”でも、受け止める……!

だから……戻ってきて、ナオくん……!」


その言葉が、嵐の中心に届いた。


ナオの両腕が、ユナの背中を抱き返した。


空間の歪みが止まり、圧倒的な力が収束していく。


ユナの叫びに、ナオの目がふるえる。


そして——暴走の光が、ふっと、静かに収まっていった。


ユナの腕の中で、ナオはかすかに息を吐いた。


「……ありがとう……ユナ……」



遠く、戦場からようやく駆け戻ってきた四煌たちは、

封印が砕けた痕跡と、空間の異常を感じ取り、足を止めた。


「間に合わなかったか……いや……間に合ったんだな」


セラ・ルクシオンが、茫然とした表情で呟く。


「……あれが……ルシフェル……?」


「いや……」と、シュリが眼鏡を押し上げた。


「“ナオ”という……誰の定義にも属さない存在だ」



その場から少し離れた塔の影で、

リリィが、誰にも見られないように、そっと目元を拭っていた。


「……まったく、あたしの出番、なくなっちゃったじゃん……」


そうつぶやいた唇が、かすかに、笑っていた。

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