第4話:四煌、現る。世界の中心とぶつかった日
その朝の校庭は、やけにまぶしかった。
天界の空はいつも白く透けていて、光が揺れていて、羽音が音楽みたいに響いてくる。
でも今日はそれ以上に——空気そのものが騒いでいた。
「……あれって、今日から特別講義?」
「違う違う、四煌が集まるって話……」
ざわめきに包まれるなか、私はアリエルと並んで校舎の廊下を歩いていた。
「ユナちゃん、今日はちょっと……空気が騒がしいかも」
「う、うん……何かあるの?」
アリエルは小さく頷いて、少しだけ声を潜める。
「セレスティアル・フォー、つまり《天使四煌》が学院に揃う日なの」
「天使……よんこう……?」
聞き慣れない言葉に首をかしげる私に、アリエルはふわりと微笑んだ。
「この学院で、実力も人気もトップの王子様たち。
神に近い魂を持つって言われてる、特別な存在」
「王子様って……いやいや、そんな……ほんとに?」
「……ほんとに」
その真顔に、逆に不安を煽られる。
「でも、変な人たちばっかりだから、気を張らなくて大丈夫だよ」
「……それが一番怖い説明なんだけど」
そう話していたときだった。
校庭の講堂前、白い階段の手前で、私たちは自然と足を止めた。
ふっ、と空気の密度が変わる。
光の粒が静かに舞い始め、羽根のざわめきが止まった。
「来るよ——」
アリエルのささやきと同時に、時が静かに動き出す。
***
最初に現れたのは、炎を纏う男だった。
その歩みだけで、空気が熱を帯びていく。
燃えるような赤の羽。射るような視線。見ているだけで体温が上がりそうな存在感。
——セラ・ルクシオン。熾天使の血を引く、学院最強と謳われる青年。
次に姿を見せたのは、空気すら凍らせるような冷気を纏った青年。
表情も言葉も最小限。目を合わすだけで黙らされそうな、静謐と威圧の象徴。
——カイ・ゼファー。無表情・無慈悲・無駄のない、“氷の王子”。
そして空気をいきなりぶち破ったのは、賑やかな声だった。
「はーいはーい、みんな注目〜☆ 本日のMC、レイくんでーす!」
金髪の巻き毛に、キラッキラの笑顔。
観客全員に手を振りながら舞い降りたのは、まさに“天界の陽キャ”という単語の具現化。
——レイ・エリクシオン。天界一、声が通る王子。
最後に現れたのは、ひとり静かに歩く黒髪の青年。
銀縁メガネ。魔術ノート。淡々とした歩調。誰とも視線を交わさない。
だけど彼の目線の先は、常に“答え”を探しているようだった。
——シュリ・レミファント。天界随一の知識魔法使い。
これが、《天使四煌》。
天界学院の頂点であり、神の代行者とも呼ばれる少年たち。
そして私は──見事に、ぶつかった。
「わっ、すみませっ……きゃっ!!」
カバンの紐が切れて、中身が宙を舞う。
お弁当が落ち、ノートが風にさらわれ、身体の重心が崩れる。
「あわわっ、だれか止めてーーーーっ!!」
叫びながら目をつぶる。
転倒の予感が全身を駆け抜けて、頭が真っ白になるその瞬間——
空気が、やわらかくなった。
風が止み、重力すら忘れるような不思議な浮遊感。
何かが、私の身体をふわりと包み込んでいるような感覚。
「っ……え……?」
気づけば私は、倒れたままの角度で、宙に浮いていた。
足元には透明な“魔力の膜”のようなものが展開されており、まるで衝撃を受け止めるクッションのように機能していた。
何がどうなったのかもわからず、私はただ、呆然と宙を見ていた。
……と、そんな私の妄想を、爆発的な騒音がかき消した。
「お〜い! そこの地味かわユリエルちゃ〜ん!」
どこからか現れた銀髪の少年が、笑顔で私に手を振っていた。
テンション高め、片手には魔法のギター(?)らしき物体。
まるで天界の音楽フェスから抜け出してきたかのような、爆音系男子。
「やっぱり君だよね? 神託の新星ちゃん! ってことで〜……ほら、仲良くしよ?」
……誰?
ていうか距離近い!
ていうか今、腰に手が回ったんですけど!?!?
「……っ、あの、近いですっ!」
「おっと、ごめんごめん! 僕、ルイン=クラウ=エアリアっていいます〜。セレスティアル・フォーの陽キャ担当! よろしくね〜!」
(うわ〜……テンプレチャラ男だ……)
けど、なぜか憎めない。どこか“演じてる”感じがして、妙に親しみすらある。
──その後、落ちたお弁当箱を炎で受け止めたのはセラ。
宙に舞ったノートを凍らせてキャッチしたのはカイ。
羽根を風で戻したのはレイ。
書類に修復魔法をかけたのはシュリだった。
……なんかもう、総出で助けてもらった感じ……?
「えっと、ご、ごめんなさい、ほんとすみません……!」
「ふむ。……危機察知レベルの魔力は低いな」
「でも顔はカワイイじゃーん! 倒れ方のセンスもピカイチっ!」
「重心の偏りが顕著。訓練の必要ありだ」
「……名前」
突然、セラが言った。
「……え?」
「君の名前、何だ?」
「あ、えっと……ユリエル、です」
その瞬間、四人の視線が同時に私へと注がれる。
真っ直ぐで、冷静で、好奇心と警戒が混ざったような——
世界の中心から見下ろされるような、そんな目だった。
胸の奥が、ずくんと痛んだ。
きっと今、私は試されてる。
ここで何かが始まった。
そう感じたのは、私だけじゃないはずだ。
──四煌との最悪の出会い。
だけど、なぜか彼らの視線の中に、
ほんのすこしだけ、“引っかかり”のような感情があった気がした。
それは、世界の中心にいる彼らが、
一瞬だけ“私”を見つけたような、そんな視線だった。