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誰にも推されなかった私が、天界で君の最推しになりました  作者: 白月 鎖
【第4章】“推し”が堕ちたので魔界へ行きます
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第37話「ミゼルの涙、『天使って、ズルい』」

──これは、心を閉ざした悪魔の少年と、天使の少女の、はじまりの会話。



 セリオスが去ったあと、ユナたちはしばしその場に立ち尽くしていた。


 重たい余韻。

 その毒のような言葉が、まだ空間に残っている気がして、誰もすぐには口を開けなかった。


 だが、不意に足音が響いた。


「……誰か、見てたみたいよ」


 リリィが眉をひそめ、視線を横に送る。


 視線の先、瓦礫の影から覗いていたのは、小柄な悪魔の少年だった。


 赤みのある黒髪。やせ細った体に、ぼろのマント。

 その瞳はまるで、すべてを諦めた者のように濁っていた。


 「なに……? 監視役?」


 アイリスが警戒して一歩前へ出るが、少年はひょいと身を引いてから、ぼそりと口を開いた。


「……あんたら、セリオスの奴とケンカしてたのか?」


「あなたは……誰?」


 ユナが声をかけると、少年は小さく眉をひそめた。


「ミゼル。……ただの、役立たずの悪魔だよ。俺なんて、誰からも推されなかった」


 その言葉に、リリィがわずかに反応する。


 ミゼルは続けた。


「見てて思った。あんたたち、すげぇな……あんなのに歯向かって」


「……褒めてくれてるの?」

 アリエルがそっと笑う。


 ミゼルは目をそらす。


「別に……ただ、あいつの言ってたこと、全部“本当”なんだと思ってたから」


 その背中に、アリエルが歩み寄る。


「ミゼルくん、少しだけ話、できるかな?」


「……俺と話しても、意味ないよ。俺なんて、ただの“誰にも必要とされなかった失敗作”だから」


「それでもいいの。私、あなたに“知りたいこと”があるの」


「……知りたい?」


「うん。“あなたのこと”」



 場面は少し移って、魔界の外縁——崩れた市壁の陰。


 アリエルは瓦礫に腰を下ろし、ミゼルにおにぎりを差し出していた。


「少し塩きついかもだけど……どうぞ」


 ミゼルはそれを受け取らず、アリエルの顔をじっと見つめた。


「天使って……なんでそんなことするの?」


「ううん、天使だからじゃないよ。私が、そうしたいだけ」


「……意味、わかんない。そんなの、優しさじゃない」


 ミゼルはぽつぽつと語り出した。


 魔界の教育施設で“劣等”と判断されたこと。

 力も魔力もなく、誰からも“期待”されず、見下され、笑われた日々。


 そんな彼にとって、“愛される”とか“認められる”という言葉は、遠すぎる光だった。


 だから、彼はいつの間にか“何も感じないこと”に慣れていた。


「嬉しいも、悲しいも、悔しいも……どうせ全部、消えるもんだから。

 最初からない方が、マシなんだよ」


 そう言ったミゼルの手が、かすかに震えていた。


 アリエルは、その手をそっと包むように握った。


「消えないよ。だって今、君が感じてること——私に、ちゃんと伝わってるもの」


「……っ!」


 ミゼルは肩を震わせた。


 あたたかい手のひら。


 ほんのりとした塩の匂い。


 ぼろぼろの心に、じんわりと染みこんでくるような、やわらかい何か。


「ずるいよ、天使って……なんで……そんなの、ずるいよ……」


 ポタリ、と。

 彼の頬に、初めての“涙”が落ちた。


 彼自身も、それに驚いたように目を見開く。


「……あれ……これって……こんなに、熱かったっけ……?」


 アリエルは、微笑んだ。


「うん。きっと、心がまだ“生きてる”から」


 ミゼルの目が、静かに揺れた。



 そのやりとりを、廃墟の高台から見つめる者がいた。


 リリィ=ヴァンファム。


 彼女は煙草のように細いキャンディスティックを咥えながら、視線を細める。


「……あの子、泣いたんだ」


 ぽつりとつぶやいた声に、風が通り抜ける。


 そして、誰にも聞かれないような声で——


「なら、あたしも……まだ間に合うのかもね」


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