表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰にも推されなかった私が、天界で君の最推しになりました  作者: 白月 鎖
【第4章】“推し”が堕ちたので魔界へ行きます
36/55

第36話「セリオスの契約、魔界の欲望」

——その男は、まるで香り立つ毒のように現れた。


 ナオの眠る牢屋から通じるもう一つの通路——封印区画の奥。

 ユナとリリィがその場所を離れようとした時、空気が妙に甘く粘つき始めた。


「気をつけて、ユナ」

 リリィが腕を広げ、ユナの前に出る。

 この“気配”は、ただの悪魔とは違う。


 やがて現れたのは、漆黒の衣を身にまとい、銀糸のような髪を流した男。

 唇に浮かぶ微笑みは、魅了と支配の境界線にある。


「初めまして、天使のお嬢さん。君が“ユナ”だね?」


 彼の声は低く、響きは美しく、同時に不気味だった。


「俺はセリオス=ヴェル=ザファレイ。魔界王家第四位、愛欲の冠を継ぐ者」


「……目的は?」


 ユナは一歩も引かない。だが、その背中にリリィの手が触れる。


「この男、危険。ゼオよりもタチ悪いよ」


 セリオスは笑った。


「目的? 決まっている。君に“契約”を持ちかけに来たんだ」


「契約……?」


「君がナオを取り戻したいと思っているのは、知っている。

 だが、心の封印を解くには、相応の“代償”が必要だ。

 そこで提案だ。——俺と“口づけの契約”を交わせば、君の望む道を開こう」


 言った瞬間、空気が震えた。リリィが即座に前に出る。


「ふざけないで。あんた、何様のつもり?」


「俺? “愛の王”様だよ?」


 セリオスはくすくすと笑った。だが、その目には確かな魔力が宿っていた。


「これはね、ユナ。キスで契約を結べば、君の感情がナオの封印の鍵になる。

 “君の愛”を代償にして、彼を目覚めさせるってわけさ。……もっとも、その愛は、契約と同時に俺の所有物になるけどね?」


「……そんなの、愛じゃない……!」


 ユナが震える声で答える。セリオスは目を細めた。


「そうかな? 天使はいつも“純粋な愛”にこだわる。でも現実は違う。

 欲望も、独占も、歪みも、ぜんぶ“愛”だ。君だって、ナオを“自分のため”に戻したいって思ってる。違う?」


 ユナは息を呑む。


 図星だった。けれど、それでも——


「……自分のためでもいい。

 でも私は、ナオくんの意思を無視して、“救ったこと”にはしたくない。

 彼が自分で“生きたい”って思ってくれるまで、待つ。私は、待てる」


 その静かな言葉に、セリオスの笑みが一瞬だけ止まった。


「……ふぅん」


 そして、彼はくるりと踵を返す。


「拒絶か。……残念だ。天界の女ってのは、理想を夢見て地獄を選ぶ。昔からだ」


 その言葉に、リリィの表情が凍った。


「……セリオス。あんた、昔も誰かに“口づけの契約”を迫って、壊したよね。

 推されたことがなかったあの子を、玩具みたいにして」


 セリオスの背が、一瞬止まる。


「……そうだね。あれは、確かに。あの子は“推されたい”がために、俺にすがった」


「……」


「でも結果、あの子は“自分の価値”を見失って、壊れた。

 俺が壊したんじゃない。あの子が、自分で壊れたんだよ。愛されたいと願った、代償にね」


 リリィは、言葉を失った。


 その瞳の奥には、確かに——自分の過去と重なる影が揺れていた。


 セリオスは手を振るようにして、霧に消える。


「せいぜい、綺麗な幻想のまま、もがいてくれ。君たちの“推し”が、いつまで正気でいられるか……楽しみだ」



 彼が去った後の沈黙の中。


 ユナは深く息を吐いた。そして、そっとリリィの袖を引いた。


「……ありがとう。止めてくれて」


「……別に、あたしのためだよ」


 リリィはそっぽを向きながら言う。だがその目には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「昔の自分に、少しだけ……リベンジ、できた気がしただけ」


 その横顔が、いつもよりずっと大人に見えた。


 そして、牢屋の中で、ナオの指先がふたたび——ほんの少し、震えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ