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誰にも推されなかった私が、天界で君の最推しになりました  作者: 白月 鎖
【第4章】“推し”が堕ちたので魔界へ行きます
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第35話「ゼオの囁き、『堕ちれば救われる』」

──もし、すべてを手放したら、楽になると思う?



 白でも黒でもない、感情さえ存在しない空間——そこに、ナオはいた。


 名もない世界。過去も未来も存在しない、ただ“今”だけが無限に繰り返されるような“封印領域”。


 その沈黙を破るように、男の声が落ちてきた。


「君の心って、ほんとに綺麗に整頓されてるよね。まるで何もなかったみたいに」


 視界の端に、柔らかく笑う気配。

 輪郭の曖昧な男——ゼオ=ヴァルトレイスが、悠々とナオの隣に立っていた。


「……気にしなくていいよ。君の今の状態じゃ、“俺のことなんてどうでもいい”って思ってるはずだし」


 ナオは目を閉じたまま、微動だにしない。反応も、拒絶も、興味すらない。


 ゼオはくすりと笑う。


「いいよ、そのままで。だって、感情なんていらないもの。

 愛、希望、後悔、憧れ、罪悪感、自己嫌悪……。結局全部、苦しみの種なんだから」


 そう言って、ゼオはふっと空を仰いだ。


「でもさ。君、ひとつだけ取り戻せる方法があるんだ。……“堕ちる”って選択肢を取ればね」


 その言葉に——わずかに、ナオの眉が動いた。


「“天使であること”をやめれば、すべてから解放される。

 君はただ、“誰かを幸せにしなきゃいけない”って思い込んでるだけだ。

 そんな義務、誰が決めたの? 神? それとも、あの子?」


 ゼオの声が、今度は皮肉混じりに揺れる。


「ユナ、だっけ。……君が想ってた子。泣いてたよ、さっき。

 “間に合わなかったのかな”ってさ。自分を責めて、泣いてる。可愛いよね、そういうの」


 その瞬間、ナオの睫毛がふるりと揺れた。


「だけど、かわいそうに。“君のせいじゃない”なんて言葉は、もう届かない。

 だって君は、心の奥でこう思ってる。“守れなかったのは俺のせいだ”って。

 そうだろ? ナオ=アストラリア」


 ナオの胸の奥で、きしむような音がした。


 だが、それを遮るように。


「黙って」


 その声は、現実世界から響いてきた。



 牢の外、ユナの声がはっきりと響いた。


「……もういい。あなたが何を言っても、ナオくんの心を踏みにじる権利なんて、ない」


 ユナは柵の向こうでナオに呼びかけながら、ゼオを真っすぐ睨んでいた。


 いつの間にか現れていたゼオ。

 彼はリリィの導いた通路から、まるで自然に立っていた。


「ずいぶんと、お綺麗な言葉を並べるじゃないか。

 “愛こそが救い”だって? でも現実は違う。愛は人を追い詰める。

 君だって、思ってるんじゃないか? “私さえいなければ”って」


 ユナの瞳が揺れた。


「……それでも私は、彼のそばにいたいって思ってる。

 彼が苦しんでるなら、少しでも痛みを分け合いたいって、思ってしまうの」


 静かだけど、確かな声だった。


「それが“愛”か? 傲慢だね。君が満足するために、彼を引き戻したいだけじゃないのか?」


「違う……!」


 ユナの声が震える。でも、その奥には確かな意志があった。


「私は……ナオくんが自分の意志で、“生きたい”って思えるその日まで、諦めたくないだけ……」


 ゼオが、薄く目を細めた。


「……変わらないな、君は。愚かで、眩しい。まるで——」


「やめなよ、ゼオ」


 遮ったのは、リリィだった。


 いつもふざけた笑顔を貼りつけていた彼女が、今は違った。

 その瞳は、燃えるように赤く、まっすぐゼオを睨んでいた。


「また、同じことを繰り返す気? 今度も、“光”を壊して満足するの?」


 ゼオは少しだけ眉を上げた。


「……ふむ。まだ、その話を引きずってるのか、リリィ=ヴァンファム」


「忘れるわけないじゃん」


 リリィは一歩踏み出し、柵の前に立ちはだかる。


「昔、あんたが言った言葉、今でも覚えてる。

 “推されない者は、存在する価値がない”って」


「言ったね」


「でもあたし、違うって証明するから。

 あんたが切り捨てた“価値のない推し”が、どれだけ大事なもので、どれだけ綺麗に輝くのか……」


 ユナが、その背中を見つめる。


 その声は、まるで“自分自身”に向けているようにも聞こえた。


 ゼオは口角を上げる。


「なるほど。君もまた、愛されたがっている者のひとり……か」


 そう言い残し、彼の気配は霧のように消えた。



 残されたユナは、再び柵の中のナオを見つめる。


「聞こえてたよね、ナオくん……私、あきらめないよ。

 あのパンの味も、あのティータイムも、あなたの声も……全部、私にとっては宝物だから」


 彼の指が、かすかに震えた。


 リリィはそっと背後に立ち、つぶやく。


「……“価値がない”って言葉、あたしもずっと信じてたんだよね」


 それは、過去の自分への弔いだった。


 そして今、ふたりの少女は、それぞれの“推し”のために立ち上がっていた。

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