第33話:紅の微笑、リリィ=ヴァンファム登場
──空が、赤く燃えていた。
焦げた硝煙の匂いが漂う魔界の外縁地帯。
四煌と堕天使四翼との激突が始まったその瞬間、
セラ・ルクシオンが短く振り返った。
「お前たちは行け、ユリエル。ここは俺たちが抑える」
「……え?」
「お前の“光”は、まだ戦場に染まっちゃいけない」
そう言ったのはレイ。珍しく真剣な顔で、ユナに手を伸ばす。
「ナオくんを見つけること。それが今の君の役目だよ、ユナちゃん」
「……わかった」
ユナは大きく頷いた。隣ではアイリスも弓を構えている。
炎と氷と風と光が爆ぜる戦場を背に、
ユナとアイリスは瓦礫の街道を抜けて、黒霧の森へと進んでいく。
***
「……変な気配、しない?」
「してるわよ。気づかないふりしてる方が無理がある」
低く垂れ込めた霧の中、ふいに“高いヒールの音”が響いた。
「へぇ〜……こんな可愛い子たちが、魔界の奥までお散歩?」
その声がした方へ顔を向けると——
霧の向こうから、とんでもない美貌の少女が、足を組んでこちらを見下ろしていた。
ルビーのように赤い瞳。
艶やかな漆黒とワインレッドのグラデーションヘアは高めのツインテール。
腰まで届くその髪は、揺れるたびに小悪魔的な華やかさを放っていた。
制服のような黒ドレスは肩口でふわりと揺れ、
スリットから伸びる脚はすらりと長くてバランスとラインを誇っていた。
そして、その口元には余裕たっぷりの笑み。
胸を張って、挑むような目で、
“誰に見られても平気”みたいな余裕と誇りを、全身に纏っている。
それは媚びでもなく、派手さだけでもなく、
「自分を貫いてる人間だけが持つオーラ」だった。
「リリィ=ヴァンファム。悪魔のエリート、って呼ばれてるわ。……一応、優等生なの」
ルビーみたいに光る瞳で、私たちを見下ろすように微笑む彼女。
「えっ……あの、こんにちは?」
「は〜いこんにちは。って、なにその反応。もしかして天界の子?」
リリィはくすりと笑って立ち上がる。
ヒールがコツンと音を立て、スカートの裾が広がった。
「いいな〜、なんか“純粋まっすぐ系”って感じ? 守ってあげたくなっちゃう」
「え、えっと……」
ユナは戸惑った。だけどその眼差しに、なぜか“敵意”はなかった。
それどころか。
(……なんでこの人、こんなにキラキラしてるの……)
敵地のはずなのに、リリィはあまりにも無防備で、
そして、堂々と“自分”という存在を纏っているように見えた。
「で? ナオを探しに来たんでしょ?」
「な……! なんで、それを……!」
「さあね。悪魔って、そういうの鼻が利くのよ」
リリィはウインクをひとつ。
でもその笑みの裏に、ほんの少しだけ寂しげな色があった。
「……私、助けたい。ただ、それだけ」
「ふーん……そっか」
笑った顔は、やっぱりギャルなのに優しくて、
どこか“同じように誰かを大事にしたい”って気持ちがにじんでた。
「じゃあ、通してあげる。あの子に会えるかどうかは、運次第だけどね」
「ま、もう無理だろうけどね。ナオ、今たぶん、“迷子の神様”になってるから」
そう言い残し、彼女はふわりと踵を返す。
黒ドレスが霧の中に消えていくその背中を、
ユナはただ、じっと見つめていた。
(……あの人、敵、じゃないのかもしれない)
「アイリス……あの子、なんだか……」
「そうね。敵か味方か、まだわからない。でも、確実に強いわ。そして……何かを抱えてる」
ユナは、静かにうなずいた。
不穏で、美しくて、毒を含んだ薔薇のような少女。
それが、リリィ=ヴァンファムとの最初の邂逅だった。




