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誰にも推されなかった私が、天界で君の最推しになりました  作者: 白月 鎖
【第3章】私、ここにいていいの?
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第23話:ミカエルの“感情”の兆し

その日、講堂の空気は張り詰めていた。


審問の延長戦。それは、もはやただの“出自調査”ではなく——天界という秩序そのものの、価値観を問う場になっていた。


壇上に立つ私の前で、評議会の声が交錯する。


「異例だ」「記録にない」「秩序の歪みだ」


耳に届くそのすべての言葉が、まるで小さな刃のように胸を切り裂いていく。


私の魂には、記録がない。


だから、私は——“存在していない”ことになっている。


 


(それでも、私は……ここに、いるのに)


 


誰かが、ため息をついた。


そして、壇の奥。静かに立ち上がった銀髪の天使がいた。


ミカエル・システム。


天界執行補佐官。

すべての記録と秩序の代行者。


本来なら、この審問の場に感情を持ち込むはずのない存在だった。


しかし彼は、初めてその沈黙を破った。


 


「……“記録に存在しない魂”であることは、確かに異常です」


ざわめきが広がる。けれど彼は続けた。


「だが、“異常”とは常に排除されるべきものなのか。

 異常は、進化の兆しでもある」


 


会場が静まり返る。


あの冷酷な記録官が、ユナを——擁護している?


 


「この魂は、人間界で、常人の十倍の苦痛を生き延びた。

 なおかつ、いかなる汚染も受けず、魂の波動は純粋なままだ」


「その異常性は、もはや——ひとつの可能性だ」


 


壇の上、ゼオがゆっくりと席を立つ。


仮面の奥から、冷静な声音が放たれる。


「では、問おう。ミカエル。君はその異常を“希望”と見るのか? それとも——“バグ”と見るのか」


ミカエルは、わずかに視線を下げた。


そして、はっきりと告げる。


 


「……議論の価値はある」


 


その言葉は、まるで雷のようだった。


ゼオは薄く笑みを浮かべ、黙って席に戻る。


天界の二つの極——理性と記録の番人ミカエルと、運命の支配者ゼオ。


その対立が、いま、確かに始まったのだ。


 


──審問が一時中断されたあと、私は講堂の裏でひとり佇んでいた。


声をかけられたのは、そのときだった。


 


「……ユナ」


 


振り返ると、そこにいたのはミカエルだった。


いつもの無表情のまま、けれど——どこか、目の奥が揺れているように見えた。


 


「……なぜ、私を……庇ってくれたんですか?」


 


問いかけに、彼はしばし黙って、そして小さく呟いた。


 


「私は記録に従う存在だ。だが、君の魂は、記録では測れない……“ゆらぎ”を持っている」


彼は少しだけ黙ったまま私を見つめて、それから、ゆっくりと口を開いた。


「……君の魂には、確かに“記録”が存在しない。だが、私はそれを“無”とは見ていない」


「君が歩んできた人生、選んできた言葉、誰かのために差し出した行動——

 そのひとつひとつが、まぎれもなく“存在”の証だ」


「記録とは、“意味づけ”に過ぎない。魂は、誰にも測りきれないものだ。

 そして、君の魂は……他者の痛みに最も近い場所にいる。だからこそ、誰よりも誰かを癒せる」


その言葉に、胸が詰まりそうになった。


ミカエルは、少しだけ言葉を探すように目を伏せ、そしてこう続けた。


「君は、自分の価値を信じていないかもしれない。

 だが、誰かの中に残る“優しさ”という形で、君は確かに生きてきた」


「……君がいてくれて、よかったと。私は、心からそう思っている」


その一言が、まるで光だった。


心の奥で凍っていたものが、ふっと溶けていく。


私は、声が出せなかった。ただ、頷くのが精一杯だった。


ミカエルが、思っていたよりもずっと——あたたかい人だったから。


そして、きっと彼自身も気づいていない“人間らしさ”を、どこかで宿しているのだと感じたから。


 


そのとき、ミカエルはほんの少しだけ、手を差し出した。


触れはしなかった。けれど、その仕草はまるで、氷の天使が“共鳴”という感情を初めて持ったようで。


私は、胸の奥で小さく誓った。


(……ありがとう。私も、変わっていきたい)


 


その日、誰よりも遠い存在だと思っていた天使が——


ほんの少し、私の隣にいた。

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