第2話:アウリオン・セレスティア高位天使育成学院へようこそ
天界は、想像していたより、ずっと“まぶしかった”。
白い大理石の階段が、雲の上に浮かびながら続いていて、
塔の先端は空を突き抜けて星々と繋がってる。
風の代わりに光が流れていて、歩くだけで羽根の音が聞こえるような世界。
これが、天使たちの学び舎──
《アウリオン・セレスティア高位天使育成学院》。
(……ファンタジーかよ……)
そうツッコむ余裕もないまま、
私は神様から「転送ミスでした」と言い渡されたその日のうちに、
この超名門学園に放り込まれていた。
──智天使、ユリエルとして。
いやいやいや、絶対におかしいでしょ。
本来私は、天界でも最下層に位置する“庶民階級”の天使の子になるはずだった魂。
それを“神の入力ミス”で、地上の日本に落とされて。
しかも、記録管理ミスが発覚したあとも、
「ちょっと面白そうだし」と放置してたらしい。
……エリュ=ディオスって神、絶対ろくでもない。
でも、私が死んだあと。
魂の経験値が規格外に貯まっていたことに気づいた神様は、
私を“試練を乗り越えた奇跡の魂”と偽装し、智天使に昇格。
そして天界中に、こう発表された。
──『これは神託に記されていた“試練の魂”。ついに天に還った』──と。
……いや、うまいこと言うなよ。
それ、ただのエラーの後始末でしょ!?
でももう、取り消せないらしい。
神様曰く、
「さすがに“間違えて地上に送っちゃった”とは天界では言えない」らしい。
そりゃそうだよね。うん。わかるよ。
──でも被害者、私だからな?
「……ああ、緊張してきた……」
学院の大門の前で、私は制服の裾を握りしめた。
まわりを歩いているのは、
どこを見ても“絵画”みたいに美しい天使たち。
羽根は大きく、衣は刺繍だらけで、
誰もが自分が“選ばれた存在”だと信じきってる。
その中に混じる私は──明らかに浮いていた。
地味で、控えめで、節約仕様な制服。
装飾ゼロの靴。羽根もちっちゃい。そもそも魂の出自も不明。
ただでさえ噂の“神託の魂”として注目されてるのに、この外見である。
(……完全に、異物扱いじゃん……)
ざわめく声が聞こえる。
「……あの子が、ユリエル様?」
「智天使のくせに、なんか地味じゃない?」
「ていうか、あれって……“ほんとに神の加護”?」
(うん、はい。知ってた)
私はうつむきかけた。
だけど、思い出した。
地上で、母さんがいつも言ってた言葉。
──「あんたは優しい子よ。そんなに頑張ってるのに、
誰も見てくれない世界の方が、きっと間違ってる」
私は、もう逃げたくなかった。
人間界という“地獄”を生き抜いた私なら。
ここでも、きっと戦えるはずだって。
(……負けないから)
この世界でも──私は、私として、生きてやる。
入学初日から、私は“異質な存在”として注目された。
でも、ちょっとした違和感が広がりはじめたのは、生活魔法の授業からだった。
「あなた、まさかこの野菜の芯、乾燥保存して魔力注入してたの?」
生活魔法担当の先生、ティナ=ルゥナリエが目を丸くする。
「えっ、はい……だって捨てるのもったいなくて……」
「面白い子ね。しかも清掃魔法もほとんど使ってないのに床がぴかぴか……。
もしかして手作業? それ、逆にすごいわ」
先生のくすっとした笑みに、私は思わず顔を伏せた。
でも、内心では少しだけ──ほんの少しだけ、救われた気がした。
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夜、寮の自室。
自分のベッドに腰を下ろして、魔法の教本を開く。
(読める。なんか、分かる……かも)
地味だけど、地上でずっとやってきたことは、無駄じゃなかった。
お弁当も、部屋の整頓も、片付けも、無駄なものなんてなかったんだ。
「……私、ここにいてもいいのかな」
ティーバッグでいれた、最後の地上の紅茶をそっと口に運ぶ。
その香りが、ほんの少しだけ心を温めてくれた。