第16話:四煌、それぞれの視線
──天界の午後は、空が白金に染まる。
まるで世界そのものが、光の中に浮かんでいるようで。
でも、私の心は少しだけ、沈んでいた。
“推しランキング13位”だとか、“魂共鳴が∞だ”とか、“四煌が護衛対象に”とか。
巻き起こる出来事に、私の気持ちはまったく追いついていなかった。
そんな私を、四煌の彼らは——それぞれに、呼び出した。
◆
最初に声をかけてきたのは、熾天使の御曹司・セラ=ルクシオン。
「……お前、今日の午後。俺と訓練場、な?」
一方的で、強引で、でもなぜか逃げられない気圧がある。
言われるままに向かった訓練場では、セラが木剣を振るっていた。
陽の光を受けた赤金の髪が、燃え立つように輝いていた。
「剣、持ってみろ」
「えっ、私、そんなの……!」
「いいから。……お前、守られるだけじゃ、また泣くだろ」
その一言が、胸の奥に刺さった。
私は泣いていたっけ。
あの夜、部屋を襲われたあと。
何もできなかった自分が、また誰かを巻き込んだことに、打ちのめされて。
「……強くなれ。お前が弱いと、見てるこっちがムカつくんだよ」
それは、怒ってるわけじゃなかった。
むしろ、すごく……不器用な優しさだった。
(……この人、怒鳴るのに、優しい)
私が木剣を構えると、彼はにやっと笑った。
「そうだ。それでいい。泣くなよ、ユリエル」
◆
次に話しかけてきたのは、氷の眼差しを持つ静かな天使、シグルス=ノアレイン。
「少し、来い」
図書館の裏手にある庭園。
誰もいないその場所で、彼は無言で私に花を差し出した。
「……え? これ、私に?」
「……落ちてた。……たぶん」
たぶん、なんて言葉、彼が言うとは思わなかった。
花は、小さな白い野花だった。私の地元にも似たようなのが咲いてた。
心が、きゅっとなる。
「ありがとう。……優しいんですね」
「違う。ただ、落ちてたから」
視線をそらしながら、彼はポケットに手を突っ込んだ。
でもその表情は、ほんの少しだけ——熱を帯びていた。
「……あの花、君の魔力波と似てた。だから……拾っただけだ」
(……わざわざ魔力波と照合したの!?)
その理由がむしろ想像以上に優しすぎて、私は何も言えなくなった。
◆
三番目は、やっぱりこの人だった。
「お〜い! ユリエルちゃ〜ん! 今日の調理室、貸切だよ〜!」
ルイン=クラウ=エアリア。
天界の陽キャでありながら、どこか「孤独」を隠しているような不思議な人。
「なになに? 驚いた顔して〜、まさか料理できないとか?」
「で、できますよ! 一応……節約自炊してたので……!」
「マジ!? 実はさ〜、この前君が持ってた“厚揚げの煮浸し”のレシピ、真似したんだよね〜」
「ええっ、見てたんですか!?」
「うん、めっちゃ美味しそうだったから〜。でさ、うちの弟天使たちに作ってあげたら超ウケてさ!」
笑いながら話すその姿には、まったく壁がなかった。
けれど、ふいに顔を伏せて、こう呟いた。
「……天界って、豪華な料理ばっかだけどさ。たまに、普通の味が恋しくなるんだよね」
それはたぶん、彼の“居場所のなさ”から来た本音。
「私でよかったら、今度また作ります。よかったら……味見、してください」
「え、マジで? 推す!!」
……本気なのか軽口なのか、よくわからない。
でも、あたたかい。
◆
最後に呼ばれたのは、白銀の光を纏うクールな天才、レイ=エリクシオン。
彼は天文塔の屋上に、私を連れて行った。
「君、ここに来るの、初めてだろ」
「はい……すごく、空が近いですね」
「“君”が光に近いから、かもな」
ぽつりと、そんなことを言う。
「え……?」
「この前のこと。魂共鳴の件。護衛対象になったこと。全部含めて、混乱してるんだろ」
私は、静かに頷いた。
「……まだ、わからないことだらけで。でも、ここにいてもいいのか、少しずつ、思えるようにはなってきました」
彼は、空を見上げた。
「迷いながらも進もうとする者は、強い。君の光は、君のままであっていい」
そして、静かにこう続けた。
「誰かの期待に応えようとするな。……君の選んだ答えを、俺は待ってるよ」
(……やさしい人だ)
それは、強くも優しくもあって、まるで“光”そのもののような眼差しだった。
◆
——こうして。
私は、天界の“中心”にいる彼らの、それぞれの“本音”に触れた。
そのどれもが、私を特別扱いするようで、でもどこか、ちゃんと“私個人”として見てくれているようだった。
少しだけ、胸があたたかくなる。
でも、同時に不安も増えていく。
(……私は、この人たちの気持ちに、ちゃんと応えられるんだろうか)
まだ答えは出ない。
けれどこの日、確かに感じた。
彼らの視線の先に、私の“居場所”が映っていたことを——。