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誰にも推されなかった私が、天界で君の最推しになりました  作者: 白月 鎖
【第1章】転生したら“推され人生”が始まりました
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第10話:最初の分岐点——ユナの選択

昼下がりの教室。


魔力制御の実技中、静かな空気が一変した。


 


「──きゃあっ!!」


 


教壇の前で、ひとりの女子生徒が悲鳴を上げる。

彼女の周囲で、制御しきれなかった魔力が暴走し、霧のように教室を満たしていた。


魔力の粒子が尖り、爆ぜ、空間のバランスが歪む。


 


「まずい、暴走反応……!」


「誰か、封印魔法をっ──!」


 


けれど、教師も周囲の生徒たちも、動けなかった。


誰もが一瞬、恐れで足を止めたそのとき。


私は、思わず走り出していた。


 


「だめっ、下がって──!」


 


私が彼女の前に飛び込んだ、その瞬間。


暴発した魔力が、私の肩に直撃した。


 


「──っ!」


焼けるような痛み。視界がぶれて、足元が揺らぐ。


崩れるように床に倒れた私を、誰かの腕が支えてくれた。


 


「おい……おい、大丈夫か!?」


「保健室に……! 急いで!」


「ユリエルが……彼女が、かばったのか……?」


 


ざわめきが広がる中で、私はただ、倒れた少女の安堵した顔を見ていた。


(よかった、無事……)


ほんのそれだけで、少しだけ安心して、目を閉じた。


 


──数時間後。


ベッドの上で、私はぼんやりと天井を見上げていた。


魔力の焼痕は治癒魔法である程度回復したけれど、身体の芯にはまだ痛みが残っていた。


 


教室に戻ると、空気が変わっていた。


私を見つめる生徒たちの目。


それはもう、「異物」ではなかった。


 


「……ねぇ、やっぱり、あの子すごいよ」


「怖くても、助けに行ったんでしょ……?」


「私、あんなの絶対無理……」


 


教室の端で、そんな声が漏れるのが聞こえた。


でもその中には、別の色も混じっていた。


 


「特別扱いなんじゃないの? 智天使様だし」


「カッコつけてるだけっていうか……媚びてる感じ、しない?」


「神託だからって、正義ヅラするの、無理ない?」


 


やっぱり、こうなるんだ。


何をしても、誰かに“上”から見られる。


嫌われるか、崇められるか。


そのどっちかでしか、存在を許されない。


 


気づけば、手が震えていた。


 


「私は……ここで、嫌われるために来たんじゃない」


 


ふと、声が漏れた。


感情が、抑えられなかった。



「……私、特別なんかじゃない。

 怖かった。ほんとは足もすごく震えてたし……。

 でも、あの子が泣きそうな顔してたの、見てたら……放っておけなくて。

 ……誰かを守りたいって、ただ、それだけだったんです」



教室が、静まり返る。


でも、その沈黙の中で、ひとつだけ——確かに届いた視線があった。


 


「……君の在り方は、俺にとって、正しい」


 


低く、静かな声。


教室の扉の前に立っていたのは、レイ・エリクシオンだった。


いつもの無表情とは違う、わずかに揺れる金の瞳。


 「……そういうのを、特別って言うんじゃないか?」


静かな声が返ってきた。



ゆっくりと歩み寄ってくるその歩幅は、どこか優しかった。


「みんな、誰かのために動くとき、“正しい理由”を探そうとするけど……

 君は、理由なんてなくても、動いた。

 それは——たぶん、俺が思う“正しさ”に、すごく近い気がする」


「……誰かを守ろうとすること。それは“神託”より、ずっと尊いと、俺は思う」


 


その言葉に、胸が詰まった。


誰かが、私の“行動”を見ていてくれた。


“役割”じゃなくて、“思い”を、正面から受け止めてくれた。


 


私は、小さく頭を下げることしかできなかった。


 


……不思議だった。


声を荒げたわけでもないのに、心がじんわりと揺れた。


 


誰かに「わかってもらえた」って感じたのは、いったい、いつぶりだっただろう。


 


誰にも必要とされなかった地上での27年。

頑張っても、報われなくて、

笑顔を作って、空気を読んで、

それでも「浮いてる」って言われ続けて——


 


……今、ここで。


何も飾らない“自分”を、そのまま肯定してくれた人がいた。


 


(この人……ちゃんと、見てくれてたんだ)


 


胸の奥が、じんわりとあたたかくなる。


涙がまた、あふれそうになったけど。


今度は——うれしくて、だった。


 


「……ありがとう、ございます」


 


かすれそうな声で、そう伝えると。


レイは、ほんの少しだけ——口元を緩めた。


ほんの、わずかに。


 


(……あ。今の、笑った?)


 


この日、私は初めて、“自分のため”に涙をこぼした気がする。


 


そして、彼の視線だけは、今もあたたかく胸の奥に残っていた。



* * *



「……ユナ。すごかったよ」

すぐそばで見守っていたアリエルが、そっと声をかけてくる。


「わたし、泣きそうになっちゃった……」

そう言って、ふにゃっと笑うその横顔に、ユナも自然と笑みを返した。


「ありがと……アリエルがいてくれて、ほんとによかった」


 


教室の空気は、ほんの少しだけ、やわらかくなっていた。


「神託の魂、案外……悪くないかもね」

誰かが、ぽつりと呟く。


それに応えるように、もうひとりの生徒が言った。


「……でも、あんなふうに動ける人、なかなかいないよ。私、ちょっと見直したかも」


 


……変わり始めている。


まだ全部が変わったわけじゃない。

陰口も、噂も、たぶん明日にはまた別の形になって届く。


それでも今、この瞬間だけは、

ほんの少しだけ、光が差した気がした。


 


* * *


 


遠くの回廊の上、

レイ・エリクシオンはひとり佇んでいた。


空に向けて、ふと視線を上げる。

まるで何かを思い出すように——ひとつ、息を吐いた。


「……“君の在り方は、俺にとって正しい”。か」


 


ぽつりと自分の言葉を反芻して、苦笑をひとつ。


 


「……らしくないな、俺も」


けれどその声色には、どこか満足げな、

柔らかく、あたたかな響きが宿っていた。


 


——この世界で最も“遠い”と思っていた魂が、

いつの間にか、彼の心の近くに、そっと降りてきていた。


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