第2話「南条愛美との再会」その1
始業式、クラスメイトとの自己紹介、担任の先生の紹介などを滞りなく進んでいく。
そして、クラスでの担任の先生の話が終わって、桜坂花蓮はとある場所に足を延ばした。
その場所というのが、職員室の前に張り出されている部活動掲示板である。
「なんか珍しい部活はないかな〜」
と独り言を呟いていると、この学校にいるはずのない女の子、いるわけがない女の子に話しかけれてしまった。
「水泳部に入らないの?」
「うげっ」
急に話しかけられたので、変な声が出てしまったが話しかけられた方に振り返ると、髪はとてつもなもなく綺麗で長く、とても可愛らしい女の子に見える。
彼女の名は南條愛美。桜坂花蓮との同じ中学校出身であり、そして同じ水泳部に所属していた。
「なんで、ここにいるの?」
「なんでって、言われても…」
「だってだって、有名な高校から推薦貰ってたじゃん。プロを目指してるんでしょ!」
南条愛美は中学時代からずっと、いやそれよりもずっと前から本気で水泳に打ち込んでいるし、幼稚園や小学生の頃の大会で優勝もしてる実力者。なのに、どうして?と桜坂花蓮は考えてしまう。
「プロは勿論、目指してはいるけど…この学校に来たのはちゃんとした理由がある」
「理由?」
少しばかりここに来た理由を考えてはみたが、何も検討がつかなかった。
水泳部がここ最近でいい成績を残してるのも聞いたことがないし、そもそも水泳部があったことすら桜坂花蓮は知らなかった。
「ふざけた理由とかじゃなくて、真面目な理由だから安心して」
「ならいいんだけど…」
「当たり前でしょ。理由っていうのは、ここの学校に凄い水泳の指導が上手い先生が赴任してくるから。その先生の事は親を通じて幼少期の頃から知ってるし、私は先生のもとで全国大会を目指したい」
南条愛美はとてつもなく真面目な顔で、桜坂花蓮の事を見つめながらそう言った。
本気で全国大会を目指すのなら、全国常連で有名な先生達がいる学校に行けばという考えを声に出したがったが、唾と一緒に飲み込んだ。
「そっか…」
「それだけ?」
「それだけって?」
「私は『じゃあ、私も入部しようかな』と言われる事を期待したんだけど…」
「あ…」
桜坂花蓮は言葉を詰まらせてしまい、何も言えなかった。
中学時代に南条愛美と他の部員と本気で全国を目指してはいたが、桜坂花蓮にとっては苦難の連続だった。同級生の実力も後輩の実力も、桜坂花蓮よりも上で彼女はこう思ってしまった。
『水泳が好きという気持ちだけでは限界がある』
「私はいいかな。愛美は頑張りなよ」
桜坂花蓮はその場を後にして、下駄箱に向かった。もっと違う言い方があったかもしれない。でも、桜坂花蓮はこれでいいと思っている。
『タイムで遅い私の事を気にせず、新しい先生と全国を目指してほしい』
と心の中で思ってはいるのだが、少しだけほんの少しだけこうも思ってもいる。
「もう一度、本気で愛美と水泳したいな」
そんな本人の目の前で言えばいい独り言を呟いて、靴を履き替えた。