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第3話。彼女の転機。
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高校を卒業してから3年が経過した。美春は引きこもりだ。
中学から勉強を辞め、高校ではひたすら綿を見て過ごした美春は他のものには何も興味が湧かなかった。
何も学んでいない美春が大学になんていけるはずはなく、仕事をしようと思っても大体は面接で落とされた。運よく面接を通過して働き始めても、綿以外に興味も関心も湧かない美春は何の仕事も覚えられずすぐにクビになった。
それを何度か繰り返し、美春はずっと家に籠るようになった。両親には呆れられ鬱陶しがられていたけれど、仕方がない。
今日も自分の部屋で綿を見て過ごす。たまにタンポポやアザミの綿毛を求めて外に出るけれど、それ以外は部屋で綿を見ている。
高校を卒業してからはぬいぐるみを貰えなくなったので、前と同じようにネットで画像や動画を見てそれで満足できない時は部屋にあるクッションの中から綿を取り出して欲求を解消した。
今日もそうやって1日が過ぎていく。
「美春、ご飯よ」
お母さんが呼ぶ声が聞こえる。家族と顔を合わせるのは食事の時だけだ。
今日もほとんど会話をせずにご飯を食べ終え、部屋に戻る。
引きこもり始めた時は仕事をしろとか外に出ろと色々言われたけど、今は特に何も言ってこない。でも、仕事をしてほしい、できるなら独り立ちしてほしいという思いは言葉にせずとも伝わってくる。
そんな雰囲気に気づかないふりをして1年以上引きこもってきた。
そろそろどうにかしないとやばいな、という思いは常にあるけれど、何しろ綿以外の何にも興味が湧かない。
こんな体と心でどうすればいいのかなんて美春自身にも分からない。
そんなことを思いながらSNSを眺めているとある広告が目についた。
『医療行為と偽って悪質な研究の実験対象にされるという被害が増えています。甘い言葉には騙されないようにしましょう』
それは警視庁が犯罪防止を呼び掛ける広告だった。
もういっそこういう怪しい仕事に応募してお金を稼ごうかな。
そんな気持ちがほんの少しだけ芽生え、興味本位で『人体実験 仕事』と検索をかけた。
注意喚起や被害の報告といった様々な情報が表示される。その中に、『医療を一歩先へ、人体改造手術協力者募集』というページが目に留まった。
人体改造は数年前から話題になっている技術だ。
そのページを見てみると、医療を更に発展させたいという大義名分や人体改造とはどういった技術なのかといった小難しいことが長々と書かれている。
そんな長い文章の中のある1文が美春の目に留まった。
『あなたの体を好きな形に、好きな素材に変えることができる夢のような技術です』
美春はその1文に興味を惹かれ、想像を膨らませた。
数分後には、実験内容や報酬を見ずに記載されている連絡先に連絡していた。
数週間後、美春は都内にある私立病院を訪れ、人体改造の手術を受けた。
手術はほぼ丸1日かかり、3日間の入院の後に美春は解放された。
病院から一歩踏み出す。体が軽い。空でも飛べそうなほど軽く感じる。ふわふわと跳ねるように歩くことができる。ぬいぐるみが意思を持っていたらきっとこんな感覚なのだろう。
美春は人体改造手術によって、体の約半分がぬいぐるみのようになっていた。
医者の説明によると、美春の体は見た目に変化はないが腕や足の中には綿が詰まっているらしい。心臓や脳、肺といった器官の働きはそのままに、腕や足、お腹の肉の代わりに綿が詰め込まれている。体重は半分ほどになったが、当分の間は体の働きに問題はないらしい。
手術という名の実験の報酬として後日300万が振り込まれるそうだ。そのお金を親に渡せばしばらく鬱陶しがられることはないだろう。
お金が貰えることも嬉しかったが、美春にとってはこの身体になれたことが一番嬉しかった。
今の美春は体に綿が詰め込まれた、言うなればぬいぐるみ人間だ。
中学生の頃から魅了され、虜になり、今も依存し続けている綿と文字通り一体となれた。こんなに嬉しいことはない。大好きで愛しくて美しくて憧れていて、自分を興奮させ、自分の中に熱を生み出す。そんな綿が自分の体の中にあるなんてたまらない。
美春は嬉しさを噛み締め、軽くなった体でトコトコとご機嫌に歩きながら家に向かう。
帰る途中で都会の服屋に寄って可愛い服を買った。人形が着るようなフリフリで可愛い洋服だ。美春はこういう服こそが今の自分に相応しいと思った。
その服を買ったらなけなしの貯金が底をついたが、数日後には300万が手に入るのだからそんなことは気にしない。
家に帰り、親に300万が手に入る旨を伝え、部屋に入った。親はしつこく金の出所や理由を聞いてけれど、適当にはぐらかしておいた。親がどう思おうと今の幸せな美春には関係が無い。
ぬいぐるみ人間となってからは全てが上手くいった。
以前のように1日中綿を見て綿に触れるようなことはなくなった。自分の中に綿があり、綿と一体になっているという事実が自然と美春を喜ばせた。
綿を必要としなくなった美春は、引きこもることもやめ顔色も良くなっていった。働いてみようというやる気が出てきて、いくつかの面接を受けた結果就職することができた。
前とは違って綿に頭を支配されていない美春は普通に仕事を覚え普通に仕事を続け普通の人間として生きていくことができた。
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