たから島の地図を見つけたら
たしか小学校の国語で、物語もしくは物語の続きを書きましょう、という授業があった。
未だに公開処刑感を拭えないけれども、今の小学生も同じような課題で書いているのを見て。
(2025年03月14日)
最初に思ったのは、
『あー……有休しばらく取れないけど、どうすっかな』、だった。
亡くなった祖父の田舎の家を片づけに来て、庭の物置から見つけた。見つけてしまった。
たから島の地図。
思わせぶりに「✕」印、宝箱の絵、「わしの遺産、ここに眠る」などという祖父直筆のふざけたメッセージ。
いかにも祖父が好きそうなことでやりそうなことだが、こちとら社会人。
田舎の、誰にも売れない処分にも困る負動産の処理だけで手一杯なところに、たから島の冒険……
少年の心は沸き立つけれども、そう易々と行動できない、それが大人。
こんなふうになるために、大人になったつもりはなかったのにな。
そう思いつつ、同時に、次の連休はいつだったかなと頭の中でカレンダーをめくる。
休出にならなきゃ、たぶん、きっと、おそらく、冒険に行けるだろう。休出、ならなきゃいいなぁ。そんなこと考えてるとフラグになるんだよな。考えまい。
手足のほこりを払って立ち上がる。
もろくなったたから島の地図を破らないように、そっと抱えて、明るい物置の外へ向かった。
小学校の国語。
たから島のぼうけんというテーマで「物語を書きましょう」という単元があって、小学生が書いた作品を眺める機会があった。正確には仕事等の事情により、じっくり読む時間がなかったので、眺めるだけに終わったのだが。
とてもまぶしかった。
みんな冒険するところから始まっている。
一方で、大人の自分が同じテーマで書いてみたら。
冒頭のとおり、なんと冒険が始まらない。仕事とかしがらみとかあれこれあって――腰が重いともいう――全然、冒険に出ない、出られない。
話は進まないし展開も遅い、というか、物置から出るだけで終わって展開らしい展開はない。
自分が小学生だった頃、同じような課題をやった気がする。が、当時の自分も今の小学生と同じように、すぐ冒険していたように思う。いつから自分はこうなったんだろうか。
ライトノベルの登場人物の平均年齢が若めなのは、こういう事情もあるのかなぁなんか納得、なんて発見をしながら。
すぐに冒険に出られない自分は、こうして文章を書いて、紙の上に、wordの中に、スマホのメモ帳の向こうに、たから島を見ているのかもしれない。
と思ったので書いた。
園児だった頃は、テキトウに描いた偽の宝の地図を量産していた気がするw