サイド:エミリア
一緒に生活するエミリアさんが、暮らしやすいようにの説明回です。
「ご苦労様です」
城の門前に立つ衛兵に対し、入城の許可証を提示し通り抜ける。
私は今現在も王妃様付きの侍女の一人です。学園は元々お城の敷地の一番離れた端の場所にあり、王族が通う事にも最も適した立地条件でもあるとそちらに建てられました。なので、寮での特別任務を依頼された時も、何時でも行き来が可能という事でお受けしたのですが、
「私がたった一日で戻る事になるとは思いませんでした」
誰に聞こえるでも話し掛けるでもなく、ついつい口にした言葉で更に気が重くなり、当分は戻らぬ覚悟で向かったのに、次に来る時は王子の婚約者がお決まりになり、そのお方の礼儀作法の教育の為かなとも思っていたのに。
そう思いつつも今のままでは、と上司である侍女長に王妃様への謁見できる時間を調整してもらうべく歩を進めました。
侍女達の待機部屋で待っていると、すぐに侍女長がお見えになり、王妃様から聞いていましたと言わんばかりに、すぐに段取りを進めて頂きました。
兎に角スムーズに進みあれよあれよという間に、謁見室の一つに通されると、ノックをするとすぐに中から、お入りなさいと王妃様の聞き慣れた声が聞こえました。なので静かに中に入ります。
「王妃様、時間を割いて頂きありがとう御座います」
そう挨拶をし顔を上げると、正面には王妃様だけでなく陛下までもいらっしゃいました。
「申し訳ありません、お二方が揃われてるという事は、かなりお忙しいという事でしょう。なのに急ぎで時間を取らせるなど失礼しました」
「いや逆だ。君が王妃に一日で面会願いを出したと聞き、私から申し入れた。此度の案件は元々私から王妃に信頼できる者を、と相談していた事でな。こうして顔を出させてもらった」
「それで貴女がこんなに早くお顔をお出しになるとは、そんなに酷い作法の方だったのですか?貴女が教えても無理だと思うほどに」
「いいえ違います王妃様。礼儀作法も所作も素晴らしい方でした。噂だけを聞き私が導かねばと思いあがっていたのを反省するくらい・・・」
「ではなぜ貴女が今日此方に?」
「怖いのです。あの方が。たった一日ですが、私には今、あの方が得体のしれぬ何かではないかと感じてしまうのです」
「・・・それはどういうことか話して頂いても?」
「はい、まず王妃様から前提として辺境のさらに先、村としか呼べぬ処にある子爵家になってまだ浅い貴族なので、ご家族ご姉弟、誰も礼儀作法などの講師をお金を出してまで学んだことがないとお伺いしておりました。それに他のお噂も御座いましたし」
「ええ、貴女に伝えたわね。陛下からもそう伺っていたのですから」
「ですので到着予定日を聞いておりましたので、外を確認できる窓辺でお待ちしておりました。寮の方へと向かってくる馬車が見えた時点で、玄関の扉の所へと向かい、これからの為に最初の挨拶から教えようと覚悟しておりましたが・・・」
「どうでしたの?」
「お教えする事の必要のない位の完璧な所作でのご挨拶を頂きました」
「え、子爵家のフェリノア様のお話ですよね?」
「そうです。その後の此方からのご挨拶の後の対応も申し分ございませんでした。ただその時点で既に引っ掛かりが御座いました」
「どういう処が、貴女の心に引っ掛かりましたの?」
「私の名前を聞いた途端、私の生家を言い当てられたのです。本人はお噂で聞いたと仰っておりましたが、学園卒業後すぐお城に上がった私を知っている方は少ないはずと。それと」
「まだ何か?」
「侍女とお二人で来られたのですが、お荷物がお二方とも手提げかばん一つだったのです。そのときは荷馬車が別に来るものかと思っておりましたが、来ることは御座いませんでした」
「まぁ、娘が学園の寮に入るというのに、何も持たせないとは。陛下、子爵とはそれ程困っているかたなのですか?」
「いいえ、違うのです王妃様。お部屋の場所をお教えし、料理の準備をするよう料理人に伝える為、一旦そこでお別れしたのですが、食事の時間になったのでお呼びし、寮の事を説明がてら寝具の事などお伺いしたのです。侍女と二人まだ春先寒い中過ごすのは大変だろうと思い、つい何回も」
「まぁ、貴女の思いやりだもの。向こうも判ってくれたのではなくて」
「それが、寝具は既にそろっていると」
「貴女が来てない事を確認してるのよね?」
「はい、なので貴族の矜持で断り続けてるものと思い、言い続けておりましたら・・・」
「どうしたの?」
「お部屋を見に来てくださいと言われました。なので、私でも余りの断り方に、流石に少しは怒っておりましたので、部屋にお伺いしたら、家具が全て揃っておりました」
「ならば、前日気付かないうちに届いていたのではなくて?」
「前日は私が居ませんでしたので寮の玄関は施錠しておりました。それに何より、寮には私達しかいないのです」
「それが?」
「すべて空室の寮の部屋は、私が案内するまでは何処を使うのか、あの方は判らなかったという事です。ですので部屋を見せられた時、挨拶すら忘れ部屋に戻ったほどでした。それからはあの方と同じ建物内に居るかと思うと怖くて、今日すぐに此方に来てしまいました。申し訳ありません」
「それは、確かに恐ろしいわね。というか陛下、知っていらしたのね。私にまで秘密にすることが有るという事かしら」
「済まない事をしたね、エミリア嬢。王妃もこれから話す事は全て内密という事でいいかな。多分これを聞けば今の怖さはなくなると思うが、多分別の感情が出ると思う、良い方か悪い方かは判らない、がね」
「そんなに大変な事ですの?」
「ああ、間違いなく」
「エミリア、秘密に出来ますか?」
「はい、陛下と王妃様が仰るのであれば」
「では、どれからいこう。直接関係ないものまで話したら長くなるしな。先ず先に辺境で彼女は住民から二つ名で呼ばれている。面と向かっては言わないがな。先見の聖女と」
「先見の聖女、ですか。大層な二つ名ですのね」
「ところがそうでもないのだ。王妃、辺境伯から伝えられて助けられた事、覚えているかい」
「大きいところで、取り敢えず2件程。先ずは辺境の商人を連れて伺い、貴族全ての余剰の麦を国が買い続けることと、その商人に北の国からも麦の買い付けをさせる許可を取りに来た時。あの時は農民すら協力して麦を提出して頂いた事で、二年も後になってですが大不作になった時、王国全土被害無くのりきれました。あとは昨年、王宮薬師に薬とその調剤レシピと、ある程度の薬草を持ち込んで頂いた時。あのときもその秋にきた流行病で大勢の人が亡くなる事なく済んで感謝したものです」
「それを全部辺境伯へ伝えたのが彼女だ。先見と言われる所以だ」
「まさか、そんな・・」
「本来なら、麦の対価、薬の対価、王国民の命に対する対価。我が国は彼女にどの位の報酬を与えればよいか判らぬくらいの事を成してもらっている。だが彼女は報酬を受け取らず、このままで良いと言い続けている。まぁ表舞台に出れば命がいくつあっても足りぬくらい狙われもするだろうが、どうにか報いたい。なので王都の学園に呼び他の者達への交流の場を持つ様にすると共に秘密裏にかくまおうと、それが寮という場所はもってこいだと思ってな。将来の伴侶を選ぶのにも辺境に居続けるよりいいだろう」
「いままで、そんな大事な事を辺境伯とお二人、秘密にされてたのですね」
「すまんな。見掛けも行動も目を引くし、礼儀作法もそこまでできる事は今まで知らなかったのでな。信頼できる王妃付きのエミリア嬢に教えてもらいながらと思っててな、すまん」
「目を引くとは、どんな?」
「髪も瞳も真っ黒なのだ、多分王国唯一。それに負けぬほど顔立ちも整っている。それで髪色で判る様に魔法は全属性だ、息をするように使うそうなので、周りが大変だそうだ。今日来たエミリア嬢の様に」
「それでは、あれは魔法なのですか?」
「辺境伯のいう収納の魔法だろう。別空間に物を収納しておけるらしい。辺境で木々を伐採し、そのままその収納の魔法で運んでいたそうだ。それに、怪我した者達を無償で回復もしていたらしい、それで地元では聖女呼びなのだが、他にもトンデモない魔法がたくさんあるそうだ。彼女のする事に驚いてたらきりがない、と」
「面白そうな子ですわね。会ってみたいですわ」
「そう言うと思うから、今まで秘密にしておいたのだ。辺境も辺境の片田舎から、王妃が子供を一人呼び出した、とどこかから伝われば大変だからな」
「でも、今はうちの敷地のはずれの寮ですわね。エミリア、その時はお願いしますね」
「陛下、王妃様、お役目の大事良く判りました。心して務めさせていただきます」
「怖さは消えたようで良かった。大変だろうがよろしく頼むぞ」
「はい」
楽しく読んでいただけたら幸いです。