第八話
山小屋の中には幾つもの古びた登山道具が乱雑に転がっており、使われなくなった物置きの様であった。
私は山小屋の床を手で撫でて、その汚れを確認した。
「……床だけホコリっぽくない、最低限の掃除だけしてあるみたいだね」
「メジアン! 居ませんか⁉︎」
アベレージの声が山小屋に響くが返事はない。
「寝ているのかもしれない。少し探してみよう、足元に気をつけながらね」
「はい」
私たちは床の物を各々物色し始めた。
埃を被って長年放置した様に見える物と最近動かした形跡が残っている物がある。
明らかに、何かを隠す為に物を集めている。
私たちはその奥にある物を探し、遂に目的の物を発見した。
「……っ見つけた、こっちだ!」
扉から一番離れた部屋の隅に、毛布の塊があった。
「メジアン!」
私を押し退けてアベレージが毛布の塊に駆け寄り、鋭い爪を器用に使って毛布だけを切り裂いた。
「っこれは……ひどいな」
現れたのはアベレージとよく似た顔の髪の短い少女。
アベレージとの違いは、ボブカットとストレートという髪型、そしてひどく痩せているということだろう。
ギリッ、とアベレージの歯を喰いしばる音が聞こえた。
少女は目を開けて、こちらを見ている。
「ぁ、ねぇ、さ……」
微かに、声が聞こえた。
最初のアベレージの呼びかけに答えなかったのは寝ていたからではなく、憔悴していたからだった。
私の中で、怒りが燃え上がる。正義の魔法少女として、こんなことを見過ごしていいはずがない。
「……って、に」
「メジアン?」
メジアンが、手を上に持ち上げる。
指が震えて、何を伝えたいかおぼつかない。
指を刺しているのだろうか、私に、いやこれは私たちの後ろを指さしている。
「に、げ、…ぇ」
思わず振り返った私たちの視界に入ったのは、金属製バットを大きく振りかぶった男の姿だった。
「『流星群』」
「『狩ら爪』」
私の周囲の星の内、五つほどを背後の男に打ち込む。
星は男の腹部や足に激突し、貫通した。
同時に、逆立ちの様な姿勢で振り回されたアベレージの鷹の爪が、バットを持っていた男の片腕を切り落とす。
男は悲鳴をあげてその場にうずくまった。
裏社会では、良く言い含められることがある。
魔法少女相手には、最低でも銃。もしくは武術の超人を用意しなくてはならない。
魔法少女は、少女の形をした怪物なのだから、と。
□ □ □
「痛い、いたいよぉ」
うずくまった男は、切り落とされた腕を必死に繋げようと傷口を合わせていた。
どうやら軽くパニックになっているらしい。
「ルリナ、メジアンを頼みます」
「それはいいけど……何をするつもりなの?」
「この男を殺します」
流れる様にそう言ったアベレージに思わず絶句する。
いや、妹を酷い目に合わせた男を前に、冷静な判断を失っていると考えるべきだろうか。
「ダメだ、殺しちゃいけない」
「……は? なに、何のつもりですか? 私はコイツを殺す為にここまで来たんですけど」
「違う、君は妹を助ける為にここに来たはずだ」
「それは第一の目的です。メジアンを助けた今、今後の為にもこの男は殺します」
見誤った。最初からアベレージはメジアンを攫った相手を殺すつもりでここに来たのだ。
冷静さを欠いてなどいない。だが……ソレを許容することもできない。
「ダメだ。君がこの男を殺せば、君は罪に問われる」
そうだ、私たち魔法少女は何をしても許さられるわけではない。一般人を殺せば、当然殺人罪に問われる。
そうなれば、魔法やステッキも剥奪され専門の少年院に送られるだろう。
大抵のことは揉み消せる学園も人ひとりを殺したとなれば庇いきれないのだ。
「やめよう、アベレージ。ここにいるのがこの男だけとは限らないし、まだメジアンの安全が保証されたわけではない」
「…………」
「アベレージ!!」
「……分かりましたよ」
「こんな所にいるから悪い考えばかり出る。もう外に出てしまおう」
「……」
アベレージは如何にも渋々といった体でステッキを下げた。
私はメジアンを背負って山小屋の扉を開く。
アベレージは私の後ろを、とぼとぼと着いてくる。
私からはその表情は見えない。
そうして私たちは山小屋から完全に退出した。
その瞬間、私はわずかに油断した。
アベレージにはまだメジアンを助け終えていないと言ったばかりなのに、自分は山小屋を出たことで安心してしまった。
この油断を、私は一生後悔する。
「再変身」
私のすぐ後ろで、そんな声がした。
『再変身』
私達魔法少女は二つの魔法カードを持つが、二つの魔法を同時に使うことは出来ない。故に、魔法を切り替えた時には、もう一度変身しなくてはならない。再変身を行った場合、元々使っていた魔法は、もう一度カードとして排出される。
そして今、アベレージは魔法を切り替かえた。
「『炎』」
魔法番号22番 炎
触れた場所に着火、延焼させれる魔法
「待て!」
私の制止を振り切って、アベレージは山小屋に触れる。
瞬間、山小屋に火が着いた。
「燃えろ」
アベレージのその命令に呼応して炎は異様な勢いで山小屋を包み込む。
一瞬で、炎は周囲を赤い光で染め上げる。
「、ああァァァ!!!! ア゙ヅ、アああぁ!!」
燃え猛る炎の中から、恐怖を掻き立てる様な断末魔が上がる。
「燃えろ、燃えろ」
重ねて、更にアベレージは命令する。
『炎』は着火するだけでなく、延焼を促すこともできる魔法だ。
だが、逆に言えばそれだけしかできない。
「もういい! 辞めろ!」
私は後ろからアベレージを羽交締めにして、押さえつける。
『炎』にできるのは燃やすことだけ。
鎮火することは愚か、炎の耐性を付けることもできない。
目の前で山小屋を最高火力で燃やした事で、跳ねた火の粉や弾けた木についた炎がアベレージの身体をも焼いていた
地面に顔を押し付けながら、アベレージは笑う。
「あは、はははははは」
「っアベレージ、お前」
この状態の人間を、私は見たことがある。
限界まで追い詰められた、狂気の笑い。
当然と言えば当然だ。
一週間、妹を探し続け、『最優』の首を入手し、裏組織と取引をしたアベレージは、限界だったのだ。
その限界まで溜め込まれたストレスが、妹を助け出した事で、遂には溢れ出した。
「あははははは」
「っ!」
私は拳を振り上げる。
ここで気絶させて、メジアン共々持ち帰る!
「どけよ」
アベレージが私に目を向けた。
敵意の籠った冷たい目を
私は咄嗟にアベレージの上から飛び退いた。
今の彼女に触れているのはまずい。一瞬でも飛び退くのが遅れていたのなら、私の身体は瞬時に炎上していたかもしれない。そう思ってしまった。
メジアンを背負っている私に、そんなことが出来るはずが無いのに。
アベレージは起き上がると、何事も無かったようにニコリと笑った。
敵意も狂気も感じさせない、笑顔。
「すいません、取り乱しました」
本当に心底申し訳なさそうに、アベレージはそう言ってのけた。
私はその笑みを見た瞬間、体の奥底が凍りつくような錯覚を受けた。
演技だ。全部、演技だったんだ。今の笑顔で、私は全てを悟った。
嘘が下手なのも、敬語も、戸惑ったのも、私を巻き込むまいとしたのも、狂気に身を任せて火をつけたのも
全て、嘘。
だって結局私はアベレージに協力して、メジアンを助け出して、アベレージは男をしっかりと殺した。
アベレージは、自分の望みを全て叶えている。
私はいつからアベレージの掌の上にいた?
「どうしましたか?」
アベレージが、そう尋ねてくる。笑顔で。
炎に照らされたその顔は、私を萎縮させる。
何か、返事をしなくてはいけない。
そう考え、口を開いたその瞬間
アベレージの顔の真ん中に穴が開いた。
豆設定
『再変身』は二つの魔法を可能な限り素早く交換する技術。地味にむずい。
慣れてない人が魔法を切り替えようとすると、変身⇨返信解除⇨変身と、決定的な隙を晒してしまう