第五十九話
「来ないな…………炎堂さん」
一年の間、ほぼ毎日ルリナの元に来ていた炎堂が、唐突に来なくなった。
「…………暇だ」
暫くの間は教わった訓練を反復して時間を潰していたが、それにも限界はくる。
というよりも、さすがに少し心配になってきた。
情が移った、というと少し違う。と思っている。
ただ、ルリナにとってこの一年は、自分を見つめ直すのに十分な時間であった。
炎堂は、やさぐれて荒れていた自分に、家や食べ物をくれた、恩人であると思っている。
「一度、行ってみるか」
連絡先や住所は知っているし、何度か家に行ったことはある。
こちらから会いに行くのは初めてだが、一応合鍵もあるしいけない事はない。
今までは何となく気恥ずかしくて使わなかったが、理由があるなら問題ない。
覚悟を決めて、ルリナは玄関のドアを開けた。
「初めまして!石井市瑞ちゃんだね! 私はマスコットの『カステム』! 今日から魔法少女になる君の相棒だよ! よろしくね!」
バタン
ルリナは玄関のドアを閉めた。
□ □ □
「うっわ、まだ居るよ」
覗き窓から外の様子を確認したニアスは、思わずげんなりする。
扉の前にいるのは、体長十五センチ程の、二頭身人形のような生物。赤ずきんモチーフの西洋風の女の子ドールが、おめ目をぱちぱち、お口をニコニコしながらドアの前で待っている。
「魔法少女……私が?」
というか、こんなに急にくる物なのか。
最初はお手紙で来るとかないのか。
悪徳セールスみたいなやり方だな。というより本当になんだ『今日から魔法少女になる』って、私に拒否権は無いのか。
色々な考えが頭を巡り、ニアスが出した結論は
「逃げよう」
で、あった。
そうと決まれば行動は早い。ベランダへ移動し、玄関から持ってきた靴を履いて柵を乗り越える。
ニアスの部屋は3階。しかし飛び降りることに躊躇はない。着地の瞬間に衝撃を受け流し、回転しながら受け身を取る。
タイミングを間違えれば怪我をしかねないが、精神的に安定している今のニアスは決して、そのタイミングを間違えない。
合鍵は持っている。
この前、炎堂の家に向かい、その存在を確認すればいい。
ピンポーン
と、背後でかすかに響くインターフォンの音を聞き流しながら、ニアスはその場から静かに立ち去った。
□ □ □
「居ない……」
一人暮らしには広すぎるほどのマンションの一室。
設備や家具も、素人目にも金がかかっていると分かる。
365日、どんな品物を要求しても、それなりに質の良いものを用意してきたことからも分かっていたが、炎堂はそれなりに金回りの良い生活をしていたらしい。
勿論、綺麗な金ではないのだろうが。
しかし、気になるのはそこでは無い。
「この床……埃だらけだ」
フローリングには、目に見えるほどの埃が浮いている。
おそらく、一ヶ月以上の間掃除されていないどころか、人が移動してさえいない。
「理由があってここを捨てたか……あるいは死んだか」
あり得ない話じゃない。
そもそも自分たちだってゴロテスを倒すための訓練をしてきたのだから、他の誰かが炎堂を倒そうとしても不思議はない。
そもそも、ニアスは炎堂がどんな人間かは知らないし、興味も無かった。
ただ鍛えてくれて、生活を助けてくれる人。それだけの関係だ。
ただ、少し気になる。本当に殺されたのだとしたら、一体誰が殺したのか?
炎堂の強さはよく知っている。彼を殺せるならそれこそ。
『初めまして!石井市瑞ちゃんだね! 私はマスコットの『カステム』! 今日から魔法少女になる君の相棒だよ! よろしくね!』
「…………嫌なこと思い出しちゃったな」
気分転換のためにもう一度部屋中を見て回る。今度はさっきより入念に。
そして、ニアスはそれを見つけた。
見つけてしまった。
「…………こういうのが好きだったのか」
本棚の上に置いてあったグラビア写真集。派手なメイクをした女のグラビアだった。
「…………戻しとこ」
特別な意味はないが暇つぶしに一通り見た後、ニアスは本をあった場所に戻す事にした。
その、瞬間であった。
ガチャリ、と閉めたはずの鍵が回される音がした。
内側からではなく外側から。
「!」
警戒
鍵が開けられたなら当然扉も開かれる。
最悪の予想が脳裏をよぎる。
もしまた、あの赤ずきん人形が来たら、と。
だが、果たしてマスコットが、炎堂の部屋の鍵を入手できるものだろうか。
答えは否。やってきたのは、別の最悪であった。
「あら? 貴方はどなたでしょう?」
黒いスーツを見に纏い、茶髪を後ろで一本にまとめた、若い女が一人、扉を開けたまま、中にいるニアスを不思議そうに見ていた。
いや、一人ではない。その後ろには五人ほどの黒服たちが大人しく侍っている。
怖い。
ニアスの本能は、直感的に恐怖を覚える。炎堂に感じた様な強さは見て取れない。だが、その異質さだけは理解できる。
この人は、怖い、と。
「わ、私は石井市瑞…………この家の人に武術を習っていた者です」
ニアスの全神経が警鐘を鳴らし、咄嗟に敬語が喉をついた。
炎堂にさえ、基本的には使わなかった敬語を、初対面の相手に。
そこには、絶対に敵対したくないという心からの願いがある。
「あぁ、貴方が。炎堂さんからお話は聞いています。対魔法少女ゴロテス用の切り札がある、と。あぁ名乗られたのなら名乗り返さねばなりませんね」
その女は、スッとメガネを人差し指で位置修正しながら、名乗った。
「この度、殉職した炎堂さんから『炎』の名を引き継ぎました。『墓場』新幹部『炎羅』と申します」
以後よろしくお願いします。と、丁寧に、お辞儀して見せた。
魔法少女とマスコットの契約は、マスコットが魔法少女と物理接触する事で為される。拒否はできない。というよりも本来なら拒否するほどのデメリットはない。ニアスは心情的に魔法少女に良い印象を持っていなかった為逃げた。




