第五十五話
大変遅くなってしまい申し訳ありません
その攻撃に気付いたのは、ニアスだけだった。
ニアスは超人的才能を持つ。視界に写る全てを解析、理解する観察眼。それは、『最強』の魔法少女ゴロテスと同じ才能。だからこそニアスにしか気づけなかった。
メジアンの生成する白い冷気の針と、怪異の操る黒い粒子の針の激突の中で、黒い針の色が白に変わる瞬間に。
色の変わった針は、射出される白い針の中を逆走する様にメジアンの手元めがけて飛来する。
同じ色の逆走する針に、集中し続けるメジアンは気付けない。だから、ニアスにしかその行動は出来なかった。
メジアンの背中を思いっきり両手で、突き飛ばす。
ニアスにだけ、その自殺行為が可能であった。
「私は強いコ…………勇気のコ」
だから、その少女は臆することなくその一歩を踏み出せた。
□ □ □
魔法少女ニアス、本名石井市瑞は、敗北を知らない小学生だった。
運動、勉学、人望。小学生にして限りなく完成していたが故に、ニアスは決して満たされなかった。
退屈、そして不安だった。
周囲の大人は誰もニアスを導こうとしなかったのだ。教科書を見れば、大抵のことを理解、実践できる。
そんな子供を皆気味悪がった。
実の母親でさえも、ニアスを自分のそばに置こうとはしなかった。
必然、ニアスはグレた。
髪を染めた、メイクを覚えた、学校に行かなくなった。
それだけで、充分に自由だった。
けどそんな格好をしていると、同類が集まってくる。
ニアスは人をまとめ上げる才能においても天才的だった。
グレた若者をその才覚でまとめ上げ、大人にもある程度対抗できる組織を作り出した。
だが、組織が大きくなると別の問題が発生した。
資金の問題。
組織には金が必要である。
だから、ニアスは自分のいちばんの得意分野で金を稼ぐことにした。
喧嘩賭博。
定期的に使われていない廃墟を占領して、そこでひたすら喧嘩試合を行い、その勝敗で賭けを行う。
人さえ呼べれば、胴元は確実に儲けられるシステム。
性質上問題は起きやすいが、それもまた暴力で解決してしまえば賭博の一つになる。
そして、ニアスは自信があった。
決して誰にも負けないという絶対の自信が。
他の事と同じ様に、ニアスは誰の教えも必要とせずに、他人の喧嘩の動きを完璧に学習、模倣することが出来た。
足運び、拳の握り方、踏み込みの角度、視線の動き。
それらを数度見るだけで完璧に理解し、コピーする。
足りない筋力は、その目による見切りと読み、そして会得した武術の数々で補った。
ニアスは僅か11歳にして、『最強』の肩書を手に入れる事になる。
それがどんな意味を持つかを知らぬままに。
「『最強』が喧嘩してるってマジ?」
その男は、ある日突然にニアスの前に現れた。
喧嘩賭博の小休憩中、群れたチンピラの群れの中に、黒いスーツを着崩しただらしの無い男が割り込んだ。
身長180センチを超えるであろう筋骨隆々の巨漢であるが、雑に伸ばした無精髭と垂れた肩が、その印象を台無しにしていた。
だが、その場にいた一部の人間は分かる。
その拳を肩を顔を耳を見れば。
強いということはすぐに分かる。
「私が、最強だよ」
ニアスも、その内の一人であったが故に。仲間を下がらせ、自分が前に出た。
その発言から相手の目的は自分だと察して、挑発的に、身長差も気にせずに、笑いながら睨みつける。
「? お前が『最強』?…………なんだ、別人か」
「は?」
それに対して男の反応は冷めたものだった。
呆れた様な、露骨にがっかりした様な。
「『最強』がいないなら用はない。ガキンチョ共、遊ぶのもいいが少しは家に帰るといい。怖い大人に潰される前にな」
男は肩を落として、そのまま人混みを押し除けて帰ろうとする。
「待てやおっさん」
「アンタ俺たちをコケにしてそのまま帰れると思ってんの?」
男の進路をとおせんぼするように、ニアスの部下が立ち塞がる。
お手本のような格下チンピラ仕草の部下に、ニアスも若干思うところがあったが、それでも同意見ではある。
舐められたままで、帰すわけがない。
「どいてろよ、ガキンチョ」
二回。
男が腕を振るったすぐ後に、立ち塞がったチンピラががくりと崩れ落ちた。
ニアスは見た。
合理的に振るわれた高速の拳。速すぎて腕を振るったようにしか見えなかったがそれは、拳突きであった。
「テメェ!!」
見えたのは、ニアスだけ。
その実力を把握出来たのはニアスだけ。
だから、他のチンピラは恐れることなく男に殴りかかった。
実力差から見れば、その拳は男には止まって見えたはずだ。
なのに避けなかった。拳が男の顔面を捉える。
倒れたのはチンピラの方だった。
また、見えたのはニアスだけだった。
男の行動は単純。拳をギリギリまで引きつけて、避ける。同時に死角から拳を放ち、相手の勢いも加えて破壊の威力を上げる。
つまりは、完璧と言えるほどのカウンターであった。
「はは」
ニアスはすでに確信している。現時点では、相手はニアスより格上だと。
「私ともヤろうよ。おじさん」
「おにぃさんと呼べや。クソガキ」
それでも関係ない。
ニアスの目は、確実に男の動きを捉えていた。
ニアスは拳を顎の前で構える。
握り込みすぎないように、打つときは腰を入れすぎない。
威力よりも瞬発力によるスピードを重要視するイメージで。
狙うのは、顎。男がそうしたように、脳を揺らすことによる気絶を狙う。
「シッ!」
「っ! マジか!」
ニアスの拳は男の顔面に命中した。だが顎ではないし、浅い。咄嗟にずらされたのだ。
そして初めて、男は退屈そうな顔をやめ、笑顔を見せる。
「あいつと同じ…………じゃねーな。少し再現しきれてねーし、何より筋力は普通の人間…………いや、超人的な才能は同一で、単に練度の問題か?」
ぶつぶつと、笑顔のまま早口で口走る男。
ニアスには、それがひどく不気味に見えた。
「おい、お前! 名前はなんていう?」
「…………知ってどうする」
「面白そうなやつの名前は覚えておきたいんだよ」
「名前は、捨てた」
「はっ、そうか、捨てたか。それならそれでいい」
男は拳をゆっくりと構え直し、ニアスを正面に捉える。その瞳には敵意というよりも、強い興味が見え隠れしていた。
「お前、もしかして一度見た技なら真似できるのか」
「……簡単な技なら。難しいのでも何回か見るか、受ければ真似できる」
「ほぉ。なら、さっき俺がしたもう一つの技も真似できるか?」
「…………多分できる」
ニアスには質問の意図が分からない。だが、男は納得したようにふむふむと頷いた。
「ちなみに俺は、出来ないと確信している」
「………………」
挑発的な男の言葉に、ニアスは何も言わなかった。
ただ、ムカつきはした。
確かに、美しい技ではあった。
完璧と言っていいほどの動きであったが、それだけだ。行動としては、避けて殴るだけ。
ニアスが今まで真似してきた技の中には、人間の稼働限界を超えるものや、物理法則の限界ギリギリを責めるものまであった。
それに比べれば、先程の技を真似るのは難しくない。少なくとも、ニアスにとってはそうだ。
「不満げだなあ。まぁいい、やれば分かるさ」
男は、どことなく嬉しそうだった。
さっきまでは確かにつまらなそうにしていたのに。
「やりやすい様に、教えといてやるよ。大ぶりの右だ。この右拳を、お前の顔面のど真ん中に叩き込んでやる。」
大の大人が、少女の顔面を殴ると宣言する。心から楽しそうに。
明らかに、イカれてる。
「………………」
ニアスは、無言で拳を構えた。
なんとなく分かる。武術にのめり込む人間は、イカれている奴ほど強い。
だから、全力で迎え討つ。
「いくぞ。ほぉーーーらぁ」
対して男の態度はどこまでもふざけていた。
宣言通りの、分かりやすい振り。
これに合わせて、反撃する。
そう、まずはギリギリまで引きつける。
同時に死角を通るように拳を…………。
「あ」
「ま、そうなるわな。いくら動きを真似できても、覚悟がなきゃそうなる。それが普通だ」
反射だった。
男の拳は酷い大振りで、拳速も足りてない。けど、それでも滲み出る、圧倒的な圧力。
要は、ニアスはビビったのだ。
ギリギリで避ける。言葉にしては単純だが、もし、少しでも遅れたら、死にかねない。
そう思わせる威力。
だから、体は咄嗟に、反射的に動いた。
そこに、洗練さは無い。
本能のままの動きに次への想定はない。
「ぐっ」
ニアスの鳩尾に、男のつま先が突き刺さった。
右の大振りをそのまま下に振り下ろし、反動で足を浮かせての蹴り。
「あ、腹蹴っちゃっダメなんっけ…………あとでうちの医者に見せるか。よっこいしょっと」
男は気絶したニアスを担ぐようにして持ち上げる。
「じゃあ、こいつは貰ってくから。お前らも適度な時間に家に帰れよ、マジで」
「わ、私たちのリーダーをどうするんですか?」
おそるおそる、一人の少女が口を出す。怖くとも、彼らにとって確認しなくてはならないことだった。
「うん? あーどうするってと、アレだ、アレ!」
一方で男はまだふざけた口調で、どこか嬉しそうに答えた。
「こいつは俺の、弟子にする」
それが、ニアスにとって運命の出会いだった。
男の名は『炎堂』
この時点で裏組織『墓場』の幹部であった男である。
豆設定
ニアスが母親から嫌われていたのは、その才能が自分を捨てたニアスの父親の影が重なり、直視できないから。
一時はニアスに暴力を振るっていたが、やがて何をしても避けられるようになり、干渉しなくなる




