第五十四話
「ここがライブドーム…………結構でかいですね」
「佐藤さんはこういうの初めて? なら離れないでね、はぐれたら大変だから」
「はい」
白銀先輩は、さりげなく手を引いてくれた。手から伝わる体温に何となく、緊張してしまう。
「…………」
「? 先輩、どうしました?」
ライブ開始も近いというのに、先輩はスマートフォンをいじっていた。その顔には僅かながら深刻なものを感じる。
「隣町でね、怪異が出たんだって。今魔法少女が対応してるらしいんだけど、ちょっと不安でね」
怪異
その単語に、思わず顔がこう張る。
大丈夫。私には関係ない事だ。少なくとも、今この瞬間の私には、全く関係ない。
だから、聞き逃してしまった。
必死で自分に関係ない言い聞かせる私は、先輩の小さなひと言を、取りこぼした。
「昨日はあんなに探してもいなかったのに…………」
ぼそっ
□ □ □
「あああぁぁぁああああ!!!!」
ミスった。
と、メジアンはそう思った。
想定外だったのは、想定よりも怪異の殺し方が残忍だったのと、予想よりも厄介な能力を持っていた事。
特に、初手の不意打ちは不味かった。
魔法で生成した冷気は期待というよりも概念に近い。だからこそ、絶対零度クラスの低音でも固体にならず、気体のような不定形を保つ事ができる。
つまり、その冷気で体を覆う『凍結界』に物理的な防御力はない。
あの不意打ちで、もし怪異が後一歩踏み込んでいれば、大ダメージを受けていただろう。その場合、凍結界により怪異の方も死んでいた可能性が高い。
強い敵は、ただそこに居るだけでプレッシャーを放つ。
訓練の遅れからくる焦り、凄惨な光景、見えない敵からの不意打ち、強いプレッシャー、そして障壁に映し出された精神に不調をきたすサイケデリックな動く模様。
その全てがクタラガに重くのしかかり、精神を押し潰した。
錯乱したクタラガの取った行動は、逃走ではなく突撃。
拳を構えて、叫びながら前に出た。
背後からでは、メジアンが何をしようとしているかは見えず、故にその射線に入り込んでしまう。
「チッ」
思わず、メジアンから舌打ちが出る。飛び出すにしても位置が悪い。射出させた百を超える冷気の針を、極限の集中力でピタリと静止させる。
血管が切れる様な集中は、メジアンの全神経を消耗させる。
その間にも、クタラガの足は止まらない。
「――――必殺」
今なお蠢く不気味な模様の壁を前にして、その拳を握りしめる。決意も覚悟もない。恐怖から振るわれる拳。
「『超振拳・デュオ』」
魔法番号65番 振動
触れた物や自身の肉体を振動させる魔法
キイイィィン
と、クタラガの拳がヒットしたその瞬間、甲高い音が鳴り響いた。
超振拳・デュオ
『振動』の魔法によりその拳を超振動、そして攻撃が命中したその瞬間に、拳の振動とは違う波長で、攻撃対象を振動させる。
噛み合わない、二つの振動。
そのズレは、拳による破壊を広げる。
壁にできた僅かなヒビを、本来ならすぐに修復そのヒビを、ズレた振動が不協和音を奏でながら押し広げていく。
粉砕
たった一撃で、壁はガラスの様に粉々になった。
「はぁ、はぁ、は、はは…………ぁ」
クタラガは、大きなストレスの原因を壊した事で少し冷静になり、同時に自分が何をしたのかを理解して青ざめていく。
だから、気づくのが遅れた。粉砕されて細かく砕かれた所で、その壁は元々細やかな粒子の集まりであることを。
砕かれた壁は無数の針となって、クタラガに降り注ぐ。
知能の高い怪異、その場でメジアンの技をまねることぐらいはできる。
「ひっ」
「『凍結嵐』」
怪異とメジアンが、同時に動く。
メジアンは静止させていた冷気の針を、降り注ぐ粒子の針に撃ち込む。
数では冷気の針が圧倒的に負けていても、その威力は比べ物にならない。一つの冷気の針で複数の粒子の針を凍結、粉砕していく。
僅かに漏れ出た冷気の影響で白く見えるメジアンの針と、黒い粒子の針がクタラガの真上で相殺する。
そうして砕かれて機能を停止した破片がクタラガに降り注ぎ、皮膚にいくつもの傷をつけるが、それでもクタラガはその場から動けずにいた。
目の前で起きた、レベルの違う技の衝突に完全に茫然自失になってしまったのだ。
そして、過剰な集中力を消費するメジアンも、動けない。
だから、正確には動けたのは怪異だけだった。
幸運で優位になろうと、やることは変わらない。
逃げる。
全力で逃げる、とにかく逃げる。
この場でにある全ての力を使って。
ランドセルの奥深くに、並べられた臓物の下や頭蓋骨の中に、干された肉の中身に、詰め込んでいた。予備の粒子
それらを自身の元に再集合、肉体の強化パーツを作成する。
必要なのは消費した腕や鎧ではない。それらは逃げる上では重りになる。むしろ、それを軽減させるための、足。
人間の下半身では脆弱。作り出すは走ることに特化した大型動物の足。
そうして出来上がるのは、ウマの下半身を持つ腕のないケンタウロスの騎士。
珍妙にも思えるその姿。ただ、周囲に振り撒く殺意と僅かながら身にまとう黒い粒子が危険物だと本能に訴えかける。
そして、怪異は四つの足を激しく動かして逃げる。
「逃しませんよ!」
それを見逃すメジアンではなかった。当然の様に、『凍結嵐』の針を一部手元で温存、足元へ向けて狙いを着ける。
足さえ崩せれば、後で追いつける。
そう判断し、発射しようとしたその瞬間。
ドン!!
っと、背後から衝撃が走る。
転倒して揺らぐ視界の中で、かろうじて確認できたのは、両手でメジアンの背中を突き飛ばした、魔法少女『ニアス』の姿。
まさか、彼女まで暴走したのか
そんな推測がメジアンの脳裏を走るその瞬間。
突き飛ばしたニアスの胸に、数本の白い針が突き刺さった。
物理的な破壊力を持たない冷気で粒子の針が粉砕されるのは、凍結により本来の機能を停止し、怪異の制御を失った為
怪異は本来、馬に乗って剣と盾を持つ甲冑の黒騎士というのが完全体だが、凍結で大量の粒子が操作不能となり、不完全な腕なし武器なしケンタウロス形態になった。
派手に殺すことで死体に隠していた粒子は、いざという時の予備というよりも『かわいそうに……せめて身元だけでも……もしくは遺品だけでも』って感じで寄ってきた奴を殺す様のトラップだった。




