第五十三話
崩れたドームの向こう側は、地獄だった。
通学路ではしゃいでいた小学生は、血も肉も骨も細かく。ミキサーにかき混ぜられた様に細分化され、背負っていたであろうランドセルに流し込まれていた。
血をふんだんに含んだ挽肉のペーストが、倒れた別のランドセルから溢れているのが見える。
庭で洗濯物を干していた主婦は、物干し竿を口から突っ込まれ、腹から貫通させられていた。
そのまま物干し竿をベランダにかけられ、だらりとぶら下がるその様子は、丸焼きにされる直前の豚を想起させる。その見開かれた目と飛び出た舌が、その状態で生きたまま放置されて長く苦しんで死んだことを訴えかけてくる様だった。
コンビニでだべっていた学生は、丁寧に皮と骨と中身をより分けられて、コンビニの駐車場に並べられていた。
広い駐車場を目一杯使って、可能な限り細かい分類で人間のパーツを整列させている。
頭なら、皮、頭蓋骨、眼球、脳、歯、舌、鼻軟骨、耳軟骨、神経、全体の筋肉、髪といったふうに人数分のパーツを広げていた。
要は、遊んでいる。
食べる為ではなく、守る為でもなく、遊ぶ為だけの殺害。
そしてこの地獄を作り出した存在は、ドームをぶち破られたことを感知して、メジアン達のすぐそばまで近づいていた。
自身の異能である粒子を身にまとい、その色を変化させる事で、擬似的な迷彩を作り出した怪異は、住宅の屋根から屋根に飛び移り、そしてほぼ真上からメジアンに向かって剣を振り下ろした。
「!」
僅かな空気の動きからメジアンが異変に気づくも、一手遅い。すでに剣の鋒はその柔らかい皮膚に食い込もうとしていた。
必殺のタイミング。
パキッン
だが、メジアンの必殺技はすでに発動している。
一瞬にして、怪異の剣が凍りついた。
「!?」
それだけではない。剣へと流れ込んだ冷気はピキピキと音を立てて刀身の全てを凍結させ、更に凍結の波は柄やそれを握る手までもを続け様に飲み込んだ。
咄嗟に怪異は自身の右手を切り離し、その場から離脱。更に自分の体を覆っていた迷彩粒子を操作し、再結合。新たに両手と拳を再構築した。
必然。その姿が魔法少女達の前に晒される。
軽装の鎧を纏う騎士。全身から微かに噴出する黒い粒子がボロボロの外套の様にも見える。
そして最大の特徴として、本来頭がある部分には何も無い。首から上が存在せず、その断面にあたる部分からは常に大量の黒い粒子が溢れ出て視認できない。
首の無い、騎士の怪異。それが、この地獄を作った下手人。
そしてこの瞬間になってようやく、メジアン以外の三人の魔法少女は、地獄の様な光景で麻痺していた思考を取り戻した。
と同時に、ニアスは胃の中のものを地面にぶちまけた。
血のしたたる赤い地面に、薄黄色の吐瀉物がぶちまけられ、マーブル模様を作り出す。
その背中をさするクラウンもまた顔面蒼白。明らかに戦える状態ではなかった。
ただ、魔法少女クタラガは違う。三人の中で彼女だけは、殺された被害者の事を意識から外し、現れた怪異という敵を睨みつけていた。
「『冷気生成』」
魔法少女メジアンの必殺技の一つ、『凍結界』
生成した冷気で自身の身体を覆う事で、触れた相手の一部を瞬時に凍結させる。また、そのまま相手に残りの冷気を流し込む事でその生命活動すら停止させる。
つまり、メジアンに下手に攻撃すればそのまま死ぬ。
ただしこの技には大量の冷気を消費する為、その攻撃転用は一度の生成で二回しか発動できない。
ドームの破壊と今ので二回。
メジアンは再度『冷気生成』を挟まなければならない。だが、警戒した怪異はその隙を見逃した。
故に、少なくともこの対面に置いてメジアンに敗北はない。
メジアンが、人差し指を怪異に向ける。
『凍結界』は、確かに大量の冷気を消費する必殺技である。『冷気生成』で生成した冷気を半分以上必要とする。
それは裏を返せば、残りの半分は攻撃に使えるという事。
「『凍結弾』」
メジアンはイメージする。
指先に冷気を集中、圧縮させ弾丸を作り出す。
あの一瞬の攻防で、メジアンはすでに怪異の動きの底を見抜いていた。
圧縮冷気を撃ち込み、内部で破裂させる。圧縮から解放された大量の冷気の波は、即座に敵を凍結、破壊する。
これもまた、確殺級の必殺技である。
対する怪異もまた、尋常ではない。
指をこちらに向けて威圧的な殺気を放つメジアンに対して、ナニカを飛ばしてくると察知した。
だから、全力でそれを防ぐ。
両腕とそれに付随する鎧、そして武器である剣を全て粒子化。
ただし、今回作るのは不意打ちの時の迷彩ではない。体を覆う迷彩は非効率的だと判断した。
粒子は全て前方に集め、立体ではなく限りなく薄い平面に。道を大きく塞ぐ壁を作り出した。
更に壁の表面の粒子の色を変化させ、サイケデリックな色相の歪んだ模様を投影する。
集中して、壁を見れば見るほどまともな狙撃は難しくなる。
「『冷気生成』」
それでも、メジアンの方が上手。
『冷気生成』は一度に大量の体力を消費する。戦闘や他の汎用魔法の使用分も考慮すれば、1日に使えるのは、五回。
今日、三回目の『冷気生成』。この追加の冷気で、メジアンは新たな技を開発する。
『凍結弾』の圧縮を解除し、更に大量の冷気を注ぎ込み、巨大な冷気の塊を作り、更にそれを分割する。
細かく、細かく数十、百数十と。
そしてその全てを細長く引き延ばし、圧縮する。
百を超える冷気の針。
それを四つに分割し、調整する。
壁正面、そして壁を迂回して左右からの挟撃用と、逃げ道を塞ぐために上に打ち上げて降らす用。
メジアンは相手の対応から、防御の底すらを見抜いた。だからこその飽和攻撃。
「『凍結あら――』」
「あああぁぁぁああああ!!!!」
新技による極度の集中からメジアンは見逃した。
背後で守っていたはずの三人の見習いのうちの一人、クタラガの精神状態を。
それは、最悪の暴走だった。
豆設定
人型の怪異は知能が高く、遊び殺しをする。これは楽しんでやっている訳ではなく、より多くの恐怖を人間に与えるための行動である。また、今回の遊び殺しにはもう一つ理由がある。
チラッと怪異の目撃情報が出回っていたが、コレもわざと。完璧に隠蔽してしまえば恐怖が広がらないので、人型の怪異は技と姿をチラ見せしたり集団を殺す時は1人だけ流したりする。
ドームに侵入して即奇襲を受けたのは、ドームの粒子が怪異にとってのある種の感覚器官であるため。




