第三十三話
あー。
痛い。
こりゃダメですね、体が動きません。殴られた時、私の体からなっちゃいけない音したと思うんですけど。
ボキャ! 的なやつ。
『何をしている。立て。立って戦え』
ガノンさんが小声でそんなことを言ってきます。
正気ですかねこの鬼畜クワガタムシ。
一応YESって返事したいんですけど声がまともにでないです。
「ム、り」
なんとか、二音だけ発生できました。
痛い、それにしても体が痛いです。
『何を言っている。立て、戦え。できないなら死ね。』
無茶いいます。
こっちはまともに動けないってのに。
あれ? そもそも私ってなんでこんなことしてるんでしたっけ。
「ナ、んで」
『何故だと? 考えるまでもない。それが契約だからだ。お前は俺に命を救われた。その際にお前は俺の魔法少女になったはずだ』
あー。違いますね。
いや、違わないんですけど。そうじゃなくて、今考えているのはモチベーションの話なんです。
人が限界を越えるには、誰かにやらされてじゃ無理なんですよ。これだからムシはダメですね。
私は、この仕事を言い渡された時、言われたからだけでないやる気がありました。
この少女を助けたいと。
何故か。
あー、痛みと出血で頭まわんねーですね。
えーと、そうそう。何故魔法少女を助けたいかと思うのか。
多分、それは魔法少女が好きだからです。
特定の魔法少女ではなく、魔法少女という存在が。
だから、憧れの魔法少女になれるとわかって嬉しかったですし、変な変身で悲しくなりました。
何故、私はこんなにも魔法少女のことが好きなんでしょうか。
それはきっと…………
□ □ □
私の母は、他人の言葉で喋るのが好きな人でした。
ガン! ガン! ガン!
「いい? カリンちゃん。今殴られたカリンちゃんも痛いかもしれないけどね、私も痛いの。殴った手もそうだけど、心のどこかが痛いの。それでも殴ったのはね、カリンちゃんがとっても悪いことしたからなのよ」
優しく、諭すような口調で、母は語りかけてきます。
なるほど一理あるでしょう。
『殴る方も痛い』それは、ある種の至言でしょう。
ガン! ガン! ガン!
でもね、お母さん。それはきっと、鍋の底で子供の頭を殴りながらいう言葉じゃないと思うんです。
ほら、そこが少し歪んで、血までついて、その鍋はきっと調理器具として作られたものなんですから、美味しい袋麺でも作ってあげた方がいい気がします。
なんて、母さんがそんな物を作れるとは思いませんが。
「カリンちゃんはかしこい子だから、分かるわよね。あのね、コレはカリンちゃんみたいな小さい子のおもちゃじゃないの」
コンコン、と、ガスコンロを指で軽く叩きながら母さんは私に言い聞かせます。
「火はね、本当に危険なの。一歩間違えればこの家も燃えちゃうんだから、そんなの嫌でしょう?」
………… 少し考えてみましたが、嫌ではありませんね。
「カリンちゃんカリンちゃん。あなたは子供だから、ママの為に料理なんてしなくていいのよ、お料理はママの仕事だから」
そういうまともなことを言っていいのは、まともな母親だけだと思うんですよ。
お母さんはたぶん、病気なんだと思います。
いつもは寝込んでいて、起きていてもぼーっとするだけです。
料理は出したら食べますが、感想などは言いません。
そしてたまに、こうして発作がきます。
電源がついたように、まともな母親のふりをしだすんです。
いえ、私が産まれる前に戻った。ということでしょうか。
「ねぇ、カリンちゃんカリンちゃんカリンちゃん」
ねぇお母さん、それはおねぇちゃんの名前でしょう。
私の名前はリカですよ。
おねぇちゃんとお父さんが死んだあと、すぐにお母さんは私を産みました。
父親は分かりません。
私の名前は市役所に届けられた時おねぇちゃんの名前と同じ名前で出されました。
『白銀 火鱗』と、
私はこの届けを受理しなかった市役所に感謝しています。
お母さんはなぜ受理されないか理解できず、何度も再提出しました。
何度も何度も何度も
そしてそのうちの一枚、書き間違いで名前の逆になったその一枚にかかれた名前が私の名前になりました。
『白銀 鱗火』
それが、私の名前です。
「分かった? カリンちゃん」
「…… はい」
ガン!!
「違う…… カリンちゃんはそんなこと言わないわ。『死ね』とか、『いつか殺してやる』とか、『お父さんを解放しろ』とか、そういうのよ」
ガン! ガン!
「『はい』なんて、言わない! あなた誰よ! 私のカリンちゃんをどこにやったの!」
ガン! ガン! ガン!
コレもいつもの事です。
ちなみに『死ね』って言うと、「そんなこと言っちゃダメ!」と殴られます。
黙っていても殴られます。
昔の写真を見る限り、私と姉はそっくりです。
でも性格は違うようで、姉は何度もお母さんに反抗していたようです。
私にできる反抗は、一つだけです。
それはただ耐えること。耐え続ければ、お母さんは疲れて、次の発作までまた廃人で居続けます。
ガン! ガン! ガン!
「痛いなぁ……」
□ □ □
そんな私が、まだまともだとするなら、それはきっとコレのおかげでしょう。
テレッテッテッテー!
「『超越魔法少女ネカト』はっじまーるよー!!」
「Whooooo!!」
『超越魔法少女ネカト』
お母さんが寝静まった早朝、ある子供向けアニメの放送がありました。
突如魔法少女に選ばれた少女が、あらゆる困難に立ち向かい、少しづつ成長していく物語。
「コレが私の魔法! 『超越』その真のパワーよ!」
「バカな! 分身? いや、この空を埋め尽くす全てが本物だと⁉︎」
「ここにいる私は、あらゆる世界線を『超越』してきた私達。貴方を倒してこの世界を平和にした後、私もこの『私達』に加わるわ」
「っ! それが、どう言う意味か分かっているのか魔法少女ネカト! この世界線を越えると言うことは、世界から存在が消えると言う事だぞ! 死ぬのでは無い、最初から『居なかった』事になるのだ。 お前の功績も、愛も、家族も、友情も、全てが無かった事になるんだぞ!」
「分かってる。いいのもうみんな『大人』になる頃よ。私の仲間たちは、家族は、私が居なくても、きっと大丈夫。愛については、ホラ、初恋って叶わないもでしょ?」
「馬鹿な! そんな自己犠牲、実行できる訳ない!」
「何言ってるの」
画面の向こうで、最高の魔法少女が笑っている。
一話の時の弱々しい姿とは思えない、ニヒルでかっこよくて、でもまだ幼さのある、最高の笑顔をしている。
「それが出来るから、私たちはここにいるんじゃない。」
「!」
「百万の私が、貴方を倒すわ、怪異の王。まさか、『卑怯』とは言わないでしょ?」
画面の中で、一年を通してネカトに刺客を送り続けた怪異の王が、数の暴力を仕返しされる。
「こんな、馬鹿なことがぁぁぁァァ!!!!」
「さよならよ! 怪異の王!」
「ぐわぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ついに、怪異の王を倒し、画面ではいつのものエンディング曲が流れます。
この一年間、ネカトの前には本当に様々な事があり、その度に彼女は大人になっていきました。
『たぶん、みんな頑張ってる。でもどうしたって順位はついて、溢れる人は必ずいる。でもね、頑張ったことは絶対無駄にならないわ。だって、一度頑張れたなら私はもう、頑張れる人間だって分かるもの』
『未来の自分に恥ずかしい自分であってもいいと思うの。だって私達は少女なんですもの。でも、未来を嫌う自分にはなりたく無いわ』
『正義が何かなんて、私にも分からないわ。でもね、無抵抗の小さい女の子を殺す事が正義じゃ無いって事は、私にも分かるわ。絶対よ』
『好きよ。世界中の誰よりも貴方が好き……かは、世界中の人に聞いてみないと分からないけど、私の中で、貴方は誰よりも大きいの。返事は、全部終わったらでいいわ。』
『許すわ、貴方を』
不思議です。画面の向こうのコレは物語。魔法少女ネカトの言葉も、お母さんの言葉と同じく誰かの借り物のはずなのに、空虚なお母さんの言葉と違って、私の心の中に確かな火を灯していきます。
コレが声優さんのチカラなんでしょうか。
と、そんな事を考えていると、エンディング曲が終わって、次回予告が流れます。
ところで、因縁の怪異王を倒し、ネカトはこのあと世界線を超越してしまいますが、一体次からはどうなってしまうのでしょうか。
「次回、ーー最終回『さらば、超越魔法少女』 じゃあね、みんな」
「え?」
「特報、『超越魔法少女 トロイメアス』 放送決定!」
「え?」
□ □ □
一年後
「『トロイメアス』も最終回ですか。少女らしさとカッコ良さを両立したネカトの後輩が、まさかのクールビューティー。流石に驚きましたが、一年でだいぶデレて、こちらもその魅力に夢中でした。さて、コレで今度こそ終わりですか」
「特報、『超越魔法少女 ポプラ』 放送決定!」
「え?」
□ □ □
さらに一年後
「『ポプラたん』。まさか過去作の二人よりも五歳も若い小学生三年生から始まって魔法少女卒業まで行くとは。とても一年の話とは思えませんでした。シリーズの締めとしては最高でしたね。」
「特報、『超越魔法少女 アステラス』 放送決定!」
「え?」
□ □ □
更に一年後
「『アステラス』なるほど、やはり明日を照らすという意味の名前でしたか。まさか最終回直前でこんな綺麗な回収をされるとは……さて、次はどんな超越魔法少女が主人公でしょうか」
「特報、『超越魔法少女 ◾️◾️◾️』 放送決定! その正体は、劇場版『超越魔法少女 集結!五人の少女たち!』にて!」
「え?」
□ □ □
結局のところ趣味というのは、十分に人ひとりを救えるモノらしいです。
少なくとも、私は彼女たちに救われました。
どんだけ辛い現実も、案外心の拠り所があれば耐えられるものです。
いまの私があるのは、『超越魔法少女シリーズ』のおかげと言っても、決して過言じゃ無いんですよ。
けど、私が好きなのは主人公でも、憧れたのは違うんです。
例えば『超越魔法少女 ネカト』では、『カディ』と言うなんでも知っているお助けキャラがいました。
私は、その知識に憧れました。
例えば『超越魔法少女 トロイメアス』では、『ドロウ』と言う乱暴者の魔法少女がいました。
彼女がトロイメアスを助けに来てくれた時のことは忘れられません。
例えば『超越魔法少女 ポプラ』には、主人公を導いた『セコイヤ』と言うおねぇさん魔法少女がいました。
彼女の様に、誰かを助けたいと思いました。
そして、『超越魔法少女 アステラス』では、主人公のアステラスを庇ってやられた『クラプニル』と言う仲間の魔法少女がいました。
私は、それを尊いと、かっこいいと思ってしまいました。
誰もが悲しんだその場面で、私は目を輝かせました。
私は、主人公じゃないかもしれません。
けど、私が本当になりたかったのは、その魔法少女たちの様な
魔法少女を助けるもの。
そうありたいと、私は願うのです。
それが、私の原点
ならば、私の在すべきことは、こんなとこで寝ることじゃありません!!
そう、覚悟を決めたその時。
握りしめた手に炎が灯っていました。
なんじゃこりゃ




