第三話
「クソッ、また負けた!」
早朝、今はもう使われていない羽田空港の滑走路で、一人の魔法少女が息を切らして倒れていた。
魔法少女『ゴッズ』14歳。
普段から人を選ばず傲岸不遜な態度を取る彼女だが、今日はどこか丸みを帯びた印象がある。
「もう一度だ、ゴロテス」
「魔法を変えなくていいのかい? その魔法は一度負けた相手には通用しづらいはずだけど」
そのゴッズにペットボトルの水を渡しながら、もう一人の魔法少女『ゴロテス』はそう指摘する。
否、今のゴロテスは魔法少女とは呼べないかもしれない。少なくとも変身はしていない。変身しないまま、ゴッズの稽古に勤しんでいる。
「それでは意味がない」
ゴッズは立ち上がり、再びゴロテスに向けて拳を構えた。
ゴロテスも、腕を交える様にして拳を構える。
「『絶対』」
ゴッズが自身の魔法を起動させる。
魔法番号90番『絶対』
『絶対の自信』を持って行った行動の結果をその自信通りに確定させる魔法
10の倍数の魔法は、他の魔法と比べても度を超えて強いことが多く、『規格外』の魔法として知られている。
10番『時』
20番『治癒』
30番『精神』
40番『完璧』
50番『物質』
60番『熱量』
70番『愛』
80番『破壊』
90番『絶対』
異次元とも最強とも呼ばれるこれらの中でも、『絶対』は特に強力な魔法である。
「やっぱり、もう一つの魔法を使ったほうがいい」
その『絶対』の魔法を使うゴッズを、ゴロテスは軽く地面に転がした。
「一度負けた相手に、『勝利する自信』を持つことは難しい。そして負けるたびに自信を持つことは困難になっていく」
「『絶対』を使わなければ勝つ意味がねぇ。俺は最強にならなきゃいけないんだから」
最強、というその言葉にゴロテスが僅かに身じろぐ。
「俺の中の最強のイメージはお前だ。もしお前にタイマンで勝てたなら、その時点で俺の中の最強は絶対になる」
「最強なんて、なりたくてなるもんじゃないよ」
「だろうな、だが俺は違う。俺は俺の手で最強を手に入れてみせる」
ゴッズは努力を惜しまない。
傲岸不遜な態度も、神を連想する魔法少女名も、破天荒な行動も全て、最強のイメージを補強するためにすぎない
ゴッズは本質的に優等生なのだ。
そして、一つの目的のために、あらゆる努力をするゴッズは間違いなく強い。
「もう一度だ」
何度でも立ち上がり、挑戦する。ゴッズが最強を手にするその日はきっと近い。
□ □ □
雨の中、唐突に腕を掴まれる。
じっとりと湿気と熱を帯びた手が二の腕に絡みつく。
その不快感に突き動かされる様に振り払おうとするも、がっちりと固定されて振り払えない。
振り払えない? 魔法少女に変身している私が?
思わず、相手の顔を見る。
獣の様に鋭い瞳の女、ただし、ファンシーな衣装。
「魔法少女?」
口を突いて出たその言葉に、彼女はハッとして手を離した。
「ごめんなさい、私以外に変身している人がいると思わなくて……つい引き止めてしまって……」
もごもごと口ごもる姿からは、先ほどの威圧感は消え去っていた。
見間違い、なのだろうか。
「それであの、あなたルリナさんですよね。最近すごく活躍してるっていう。その、私その噂を聞いてて……だから、思わず引き止めてしまって……」
その言葉に、思わず警戒を緩めそうになる。
危うい、まだ信用できると決まったわけじゃない。
「あの、宜しければお茶でもご一緒できませんか……少し相談したいこともありますので」
信用したわけじゃない。
ただその相談事が、こんな雨の中で変身して傘もささずにうろついている事に繋がるなら、放って置けないと思っただけだ。
□ □ □
ちょろい
それがルリナに対してアベレージが持った素直な感想だった。
「―というわけで、現在謹慎中の身なんだ」
『いざ話すとなると少し躊躇ってしまう』と言っただけで、『なら先に私の相談を聞いてみてくれないか』と、妙な気遣いで自分から現状を話し出したアホ、もといルリナに対してアベレージは完全に聞き手に回っていた。
「ルリナさんも大変なんですね。同じ様に悩んでいると思うと私も共感できます」
嘘だ。アベレージはルリナの悩みに共感などしていない。
そもそも魔法少女を辞めさせられるだとかその程度の話、愛する妹が一週間行方不明な事に比べれば、否、比べるまでもなく些事である。
ただ、ルリナは色々と都合がいい。
学園から離れている上に、魔法少女としての仕事をアイデンティティとしている。何より、お人好しで扱いやすい。
妹の事を話せば諸手を挙げて協力してくれるだろう。
「私も、家出したんです」
だが今は言わない。今学園に報告される訳にはいかない以上、妹の事は極力伏せておきたい。腹芸ができるタイプには思えないルリナに協力を求めるのは、極力後回しにしたい。
だからここは共感する。友達になる事で、いざという時によりスムーズに協力を得れる様に調整する。
悪いとは思わない。ルリナには都合のいい駒になってもらう。
どんなことも、妹の為であれば全て許される。
アベレージにとっては妹だけが全てだ。
□ □ □
アベレージは見誤っていた。
ルリナがどれほどに魔法少女に執着しているかを。
その執着が仕事としてのものではなく、理想を追い求めんとするものだという事を。
「あの子、何か隠しているな……」
ルリナの軽率な行動は、全て『自分の思い描く正義の魔法少女』がどの様な行動をするかを念頭に置かれている。
ルリナは考えなしにバカな行動を起こす訳ではない。
優れた頭脳で考えた上でバカな行動を起こす。
だから、アベレージの話を嘘と分かった上で騙される事をよしとする。
二人の少女は何もかもが噛み合わない。
□ □ □
「『獅子』」
訓練場にて。
ゴッズは「『絶対』」とは別の、もう一つの魔法を使用する。
魔法番号26番『獅子』
自身の体を獅子に変じ、怪力と強い威圧感を獲得する魔法
訓練用の木偶の前で、ゆっくりと肉体が変質していく。
『獅子』の魔法は強力だが、速度の上昇率は大きくない。
理由は二つ。
一つは、肉体変質系の弊害。
十年以上使いこなした肉体が一瞬で変化するのだ。変化した後も同じ様に扱える様になるには、時間をかけて訓練する必要がある。
そしてもう一つは、重さ。
虎は重く、その重さが強化された脚力を阻害する。
無論完全に上がらない訳ではないが、肉体が重くなる感覚というものは、精神的にも肉体的にも動きを阻害する。
故にゴッズは、その重さを捨てる事にした。
虎に変化させる部位を選別する。
まずは目、動体視力の向上は必須。
次に手、爪という武器がなければ意味がない。
そして肩と胸、腕を振るうならこれらの強化も必要になる。
最後に足、軽量化した今、虎の脚力は遺憾無く発揮させる。
ゴッズは半人半獣ともいうべきその姿で、体勢を低くし、両手の八枚の爪を合わせる様にして獲物に向ける。
『八輝虎爪』
全力で地面を蹴った瞬間、目の前に壁があった。
「え?」
そのまま、ゴッズは顔面から壁に激突した。
言いようのない激痛と衝撃がゴッズの脳を揺らす。
「ッ〜〜⁉︎」
ゴッズは混乱した頭で、なんとか立ち上がり、周囲を見渡す。
「一応、成功したか」
ゴッズの視線の先では木偶がバラバラの木片になって散らばっていた。
「よし、ならもう一度、だ?」
ばたりと、一歩踏み出したゴッズの身体が膝から崩れ落ちた。
視界が赤く染まる。
頭から流れた血が、垂れてきた様だった。
「思ったより、強く打ったか、まずいな」
ゴッズの意識がわずかに薄らぐ。
体に喝を入れて寝返りを打ち、仰向けになる。
懐から『絶対』のカードを震えながら取り出した。
「『絶対』…………俺は、内臓を抉られても怪異を倒したことがある。出血も少ないし、踏み込みが甘くて倒れたのも一瞬ぐらついただけだ」
単純な自己暗示をかけて、『絶対の自信』を構築する。
「なにより、俺は最強になるべき存在だ『だから、俺は動ける』」
事象や理屈を無視して、望む結果を得る。
概念系かつ自己強化系。
最強の『10の倍数の魔法』ひとつ。
そうして立ち上がり、少し歩き出したところで、その肩を後ろから掴まれた。
「ダメだよ」
聞き覚えのある声に、ゴッズの動きが止まる。
「その使い方は、いざという時に取っておきなよ。怪我をしても問題なく動けるというだけで、傷が治っている訳ではないんだから」
「…………ゴロテスか」
「面白いこと、やってるみたいだね」
ゴッズはしばらく考えた後、変身を解除する。
瞬間、糸が切れた様に崩れ落ちるゴッズの身体を、ゴロテスが受け止める。
「軽い脳震盪を起こしたみたいだね」
ゴロテスは自分の発言に戦慄する。
つまり、さっきまでのゴッズは脳が麻痺していたはずなのに、通常通りに歩いて、喋っていたということだ。
「魔法には理屈が通じないとはいえ、流石に荒唐無稽が過ぎるな」
同じ『10の倍数』の魔法を持つゴロテスから見ても、『絶対』の魔法の異常性はケタ違いだ。だからこそ、暴走しない様に、現時点では勝っている自分が対応すべきだろう。
「あと五年ぐらい、魔法少女をやれればいいのに」
それはルリナと同じ様な願い。
しかし、その本質は全く別のものであった。
理想を何よりとするルリナとは違い、ゴロテスの願いの根底にあるのは責任感と心配、そしてそこから来る不安である。
□ □ □
「いってきます」
私とアベレージは同じホテルを取って寝泊まりしていた。
アベレージ曰く、落ち着くまで匿って欲しいとのことだ。
「どこにいくんだ?」
「!」
玄関の扉に手をかけていたアベレージの動きが止まる。
「……友達の家へ行ってきます。いつまでもお世話になるわけにもいきませんので」
絞り出す様に返事をしたアベレージは逃げる様に扉から外に出ていった。
部屋の中で、残された私は、即座にベットから起きて窓を開ける。
「嘘が下手!」
友達の家へ行くというのは間違いなく嘘。
ならばどこに行くか調べるべきだ。
あちらが相談してくれないなら、こちらで調べるだけだ。
ルームキーと指輪だけはめて窓から身を乗り出し、魔法カードの1枚を指輪にかざす。
「『変身』」
幸いにも、私のこの魔法は尾行向きだ。
「『沈黙』」
魔法番号63番 沈黙
自分が直接的、間接的に出す音を消す魔法
私は音もなく、空へと飛び立った。
□ □ □
「さてと、そろそろ行こうか」
保健室にゴッズを預けたゴロテスは、その足で学園を出ようと、校門に立っていた。
「ゴロテス、どこか、行くの?」
「うん、任務で少しね」
「……むう、驚いてくれなかった」
背後から気配を消してゴロテスに語りかけたのは、運動着を着た一人の少女だった。
年は15ほどで、極めて表情が乏しい。今も不満そうな口調であるが、完全な無表情のため、はたからは何を考えているのか分からない。
彼女は魔法少女『アルギア』
ゴロテスの同期の魔法少女の一人であり、同時に親友でもある。
「任務って怪異? それとも、野良?」
「それとも、の方だよ」
「……最近、怪異の被害はめっきり減ってる。ねぇ、ゴロテス、もしかして私たちは今後……」
「そこから先は、ここでは言わない方がいい」
不安を口にするアルギアの言葉を、ゴロテスは斬って捨てる。
「でもゴロテス、君も最近は対人の訓練を優先させてるよね」
「分かってる。念の為だ」
「そう、それならいいんだけどね」
「……もし、僕に何かあったら。ゴッズをよろしく頼む」
「笑えないね」
不機嫌そうにアルギアは校門に近づき、そのままゴロテスの脇を通って学園を出ていった。
「冗談のつもりはないんだけどな」
ゴロテスはそうこぼすと、バックから一枚の紙を取り出す。
それは、とある裏組織へと通じる物だった。
「『自警団・ゆりかご』今度こそ本当に死ぬかもね」
ゴロテスは、ゆっくりと笑った。
豆設定
10の倍数の魔法は、他の魔法と比べても度を超えて強いことが多く、『規格外』の魔法として知られている。
明確な根拠や理由は無いが、警戒の対象ではある。