第二十九話
パラメデスは握りしめる。
蟻を、生命を。
それで握り拳の中の蟻は死んだ。
「一寸の虫にも五分の魂とは言いますが、死んだ今の貴方の魂はどのくらいの大きさなんですかね」
そんな決めゼリフらしい言葉を吐いた直後に、パラメデスは気づいた。
己の実に中学生らしいセリフの恥ずかしさに、では勿論ない。手の中の蟻の死体の違和感に、である。
否、違和感など無い。
ただの死骸、そしてそれが問題だった。
「死んだのに人間に戻らない?」
パラメデスが、思わずつぶやく。
それよりも僅かに速く、炎城は走り出していた。
その可能性に、パラメデスよりも速く気づいた炎城は、最優先事項の元へと走っていた。
「まさか、コレは、ただの蟻……?」
そして一瞬遅れてパラメデスも気づく、自分の大きな失態に。
だが、パラメデスよりも炎城よりも速く、ソレは目標へと辿り着いていた。
「『斬撃』」
安藤苗、クラウンの寝ていた地面が、長方形にカッティングされる。
「ほえ?」
当然、寝ぼけたままでいたクラウンの体は、屋上の残骸と共に、重力に従って落ちる。
その身体を、優しく階下から受け止める影があった。
「お待たせ、苗」
魔法少女ダムド、保護目標、確保
□ □ □
『生物系』
魔法の中には一部においてそう呼ばれる種類の魔法がある。
虫、獣、魚、鳥、果ては空想上の生物に至るまで。
その特徴の一部を、あるいは全てをその身に下ろし、全く違う生物に肉体を変形させ、更にはその使い方すらも無意識に刷り込む。
そしてその中で、虫系統の魔法のみが使うことを許された『特権』が存在する。
それこそが『使役』と『召喚』である。
魔法番号64番 蟻
蟻化する魔法
また、蟻を召喚し使役も可能
それは『群体』であることを前提とした、小さく脆弱な物たちの生きる術を示している。
□ □ □
実のところ、ダムドがどこまで想定していたのかといえば、最後以外はほぼ全て、である。
炎城との戦いの中で、ごく自然に床を切り裂き、階下への道を作る。
斬撃により生じた僅かな隙間は、虫にとっては十分な道であった。
そして『斬撃』から『蟻』の魔法へと切り替え、同時に一匹だけ指先に蟻を召喚し、真上に弾く。
即座に自分も蟻へ変身し、地面の亀裂に潜り込み、コンクリートを噛み掘りながら、階下へと移動。
そして再び『斬撃』の魔法に切り替え、障害物を切り刻みつつ、安藤苗の真下に移動し、救出した。
そして―仕上げだ。
ダムドの体力は残り少ない。人ひとりを抱えて逃げ切ることも出来ない。だから一網打尽にする。
震える手で、チェンソーを構える。
自身の頭上の風穴に向かって。
炎城は必ず、この穴から下に降り、私たちを追跡しようとする。そのために穴の下を覗き込む、その瞬間を狙う。
足音が、聞こえる。
極限の集中による静寂により、その足音以外は聞こえない。一瞬遅れて炎城が上からその顔を覗かせた。
ダムドのチェンソーが、淡く、光る。
「『斬撃 必殺』 スカイリッパー」
ダムドは一度も『斬撃を放てない』などと言った覚えはない。ただ、制限があるだけだ。
一つ。 自身、もしくは仲間の命がかかっている時
一つ。 敵が空にいる時
そのあまりに広い攻撃範囲と威力から、ダムドは対空技としてしか、その魔法の真価を発揮できない。
もし、ダムドが地上で水平に刃をふるえば、一つの町を、単体で更地にできるだろう。
故に、空斬り
斬撃はビルの屋上を真っ二つにぶった斬り、その上空を浮いていた雲さえも両断し、大気圏の直前でようやく消える。
「コフっ」
そして、ダムドの脇腹を銃弾が貫いた。
ダムドは、最後以外は、全て読み切っていた。
最後の仕上げをしくじった。
それが、彼女の敗因である。




